2019年11月03日

西塔(延寿寺)

その人は韓国に詳しい日本人で、瀋陽に住んでいた経験がある。もちろん「西塔」のことをよく知っていた。世界第二のコリア・タウンで、ガイドブックにも出ている有名な繁華街である。

西塔5.jpg


しかし、この人も地名の由来になった「西塔」という仏塔のことはただその存在を知っているだけで、ずっと前を素通りしていたという。

瀋陽には清朝が17世紀に城外東西南北それぞれに建てた仏塔があり、それぞれにチベット仏教寺院が併設されていた。西塔もそのうちの一つである。

西塔の由緒書によれば、西塔に付設された延寿寺は義和団事変のあった1900年に寺院の山門と天王殿が大火で焼け、日露戦争でも大きな被害を被った。

西塔の仏塔自体は戦前の日本人が作った絵葉書にも出ているが、その写真に出ているのは塔の白い部分が剥げ落ちた無残な姿である(全球金融博物館協会 2017)。

1948年に共産党が瀋陽を統治するようになっても少数の僧侶(モンゴル系か)が活動をしていたが、1962年から僧侶は外での労働を課せられ、文革期は法会も禁止されたという(anon 2019)。又、由緒書によれば、1968年にさらに破壊された。

西塔1.jpg


この塔と寺院が再建されたのは1998年のこと。瀋陽市がお金を出したらしい(李、2008)。

西塔3.jpg


実際に足を運んでみると、小ぢんまりしており、あまり人もいない。本来はチベット仏教のはずだが、和尚さんは漢民族のよう。寺内も漢字ばかりで、面燃大士や白衣観音の像を置いている感じも漢民族風。中国仏教(漢伝仏教)の寺院に変わったようである。

西塔4.jpg


仁王像がなく、写真ですませていたのが寂しげであった。修理中だったのか。

西塔2.jpg


まあ、韓流目当てで来る人は素通りするであろう。

ただ、中国のお寺のどこでもそうであるように、何やら熱心にお祈りしている女性を見かける。塔の前には五体投地用の石板。五体投地はチベット仏教独特の習俗だと思っていたが、これにはまる漢民族仏教徒も多いらしい。

参考文献
anon 2019「北塔史話新時代的法輪寺」
https://new.qq.com/omn/20190219/20190219A0GE6Z.html
全球金融博物館協会 2017 「2017-11-26 【精彩回顧】瀋陽−老照片、明信片展覧開幕式沙龍h百年奉天旧影,幾度夢回盛京」
http://www.mocf.org.cn/article/EBBE58F6-7631-EE90-BD6B-896B4FEB7257.html
李彤文 2008「西塔延寿寺」『瀋陽日報』2008年08月07日
http://news.sohu.com/20080807/n258645670.shtml

*西塔(延寿寺)
仏教 中国仏教 チベット仏教
中国遼寧省瀋陽市和平区市府大路82号
024-22821999
(バス140、152、216、262、243路「西塔」下車。西塔街と市府大街の交差点を少し西へ行ったところ)
管理人の訪問日:2019年4月27日
posted by HIRO at 18:56| Comment(0) | 仏教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年09月02日

日本基督教団加茂川教会

出町柳の近くのプロテスタント教会は、いかにも「昭和のふつうのおうち」という感じだったので、感心してしまった。洋風なのだけど、屋根瓦がふいてある。昔はこういうのがいっぱいあった。

加茂川教会.jpg


こういうのは、「いいなあ」と思う。

*日本基督教団加茂川教会
キリスト教 プロテスタント 日本基督教団
〒606-8205 京都府京都市左京区田中上柳町59
075-791-3313
(叡山電鉄「出町柳」改札を出て真東に少し進むと見える。)
管理人の訪問日:2018年6月10日
posted by HIRO at 21:36| Comment(0) | キリスト教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年08月25日

南塔(護国広慈寺)

瀋陽には清朝が17世紀に城外東西南北それぞれに建てた仏塔があり、それぞれにチベット仏教寺院が併設されていた。

南塔に関していえば、日露戦争で寺院部分の広慈寺が破壊され、1917年に再建されたものの、文革で又壊されて、傷ついた塔のみが残される。1985年に瀋陽市が塔を修復して三間の瓦葺きの建物を建てた。さらに、2006年から塔とお堂を修復し、新しい山門などを造ったとのこと(陳 2011)。

南塔1.jpg


実際に行ってみると、大きな本堂などはなく、塔とその周囲の狭いスペースで何とか宗教活動をやっている。

南塔3.jpg


清代と1917年に再建された際はチベット仏教だったのだが(境内の説明書によれば1917年に復興したのはダーラマ)、今は中国仏教(漢伝仏教)の寺になっているようだ。漢族らしき尼僧が数人見える(皆で食事の準備をしていたりして、実に生活臭のする所であった)。塔の前に観音像。観音はアジア各地で見られるが、脇侍の善財童子が『西遊記』に出てくる紅孩児の感じ。又、僧房の隅に安置されている面燃大士は漢伝仏教と道教の神格である。

南塔4.jpg


ただ、ここも五体投地のための石板があって、塔に向かって何度も礼拝をしている女性を見る。燈明はチベットのバターランプのようなので、この辺りはチベット風である。独特の酥油の香りはしなかったが、、、

南塔2.jpg


広大だったはずの寺域の大部分は公園になっており、市民の憩いの場というか、暇な老人の散歩の場、子供の遊び場になっている。寂しく亀趺だけ残っていた。

南塔5.jpg


参考文献
陳鳳軍 2011「南塔:有一個美麗的伝説」『瀋陽日報』2011-08-07
http://www.hinews.cn/news/system/2011/08/07/013106381.shtml

*南塔(護国広慈寺)
仏教 チベット仏教ゲルク派 中国仏教
中国遼寧省瀋陽市瀋河区南塔街71号
(地下鉄2号線「市図書館」から科普路を東進、南塔西街を東北方向に進み、南塔街を北上。徒歩約20分。)
管理人の訪問日:2019年4月27日
posted by HIRO at 19:05| Comment(0) | 仏教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする