2018年01月11日

京都ゑびす神社

大丸と高島屋の両方の提灯が左右にかけられている。京都を代表する二つの百貨店なのだが、ライバル双方を取り込んでいるのは大したものだと思ってしまう。松下幸之助の名が彫られた石柱もある。

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このえべっさん、かくも経済界に根をはっているものの、もともとは商売繁盛のために祀られたのではない。

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当社の公式ホームページに、「建仁2年(1202年)に禅の祖といわれる栄西禅師が建仁寺建立にあたり、その鎮守として最初に建てられた」とある(京都ゑびす神社 n.d.)。

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明治の最初の頃は、建仁寺は広大な寺地を失って大きな打撃を被った。一帯が境内だったこの近辺が妙になまめかしい場所になっているのも、その時に起こったことの名残である。

当時多くの塔頭が失われたが、鎮守社は建仁寺の寺侍が宮司になって独立したらしい。

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その後継者は、今でも建仁寺に相当敬意を払っている感じである。

「平成14年には、建仁2年(西暦1202年)栄西禅師によって京のこの地に建立されてから800年目という記念すべき年を迎えることが出来ました。」と「御鎮座八百年奉祝祭」について記述する際も、「栄西」を強調している(Ibid)。

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往年の勢力が縮小したとはいえ、建仁寺の存在感は道向かいの小さな神社とは比べ物にならない。やはり頭が上がらないのか。神仏分離のパターンは色々あるのだが、これは相当にお上品な部類である。

参考文献
京都ゑびす神社 n.d.「由緒」『京都ゑびす神社』
http://www.kyoto-ebisu.jp/yuisyo.html

*京都ゑびす神社
神道
〒605-0811 京都府京都市東山区 大和大路通四条下ル小松町125
075-525-0005
(京阪電車「祇園四条」下車徒歩6分。南座の東側大和大路通を南下。建仁寺向かい。)
管理人の訪問日:2015年9月25日
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2018年01月10日

福海寺

大黒天というのはインド起源の神で、元来「魔訶迦羅(マハカーラ=大きな黒い神)」という。これはシヴァ神の別名で、本来黒色形相の忿怒尊であり、戦闘神である。

それが、中国や日本で、飲食をつかさどる神として寺院の台所に祀られた。日本に最初に伝えたのは平安時代の最澄という。

さらに、だんだん福徳円満の相をそなえる福神に変化していった。袋と打ち出の小槌を持つ、やさしげな姿で表現されるようになる。また、「大黒=ダイコク=大国」という音のつながりから、「オオクニヌシノミコト(大国主命)」と習合した。

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室町時代にはともに代表的福神として、エビス・大黒とセットで祀られるようになる。(正木 2010:144−146)。

そういう次第で、「十日えびす」の際、エビスの神社と大黒天の寺とが同時に祭礼を行うケースが見られる。大黒天を祀る神戸柳原の福海寺は、すぐ近所の柳原蛭子神社の祭礼と同時期、毎年1月9・10・11日に「大黒祭」を開催し、開運招福、財運招来を祈る参拝者を集める。蛭子神社に大量におしかける客が寺にも流れて来るというわけだ。

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同寺は足利尊氏ゆかりの寺で、この寺に大黒天が祀られているのも足利氏が大黒天を信仰していたのと関係があるようだ。そもそも足利氏が尊崇したのは戦争勝利祈願のためであろう。だから、この大黒天は本来の恐ろしげな戦闘神の姿をしている。

広告のイラスト等に描かれる大黒様はすべてやさしそうな、福々しいお姿である。この和やかなご様子につられて寺内に入ってきた参拝客は、喧嘩腰のこの大黒天像を見てぎょっとするのではないだろうか。

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とはいえ、福神としての柔和な神像にも、もとのシヴァ神の性格が残っているという人がいる。二つの米俵にのり兜巾を被った形象が、インドの町中でよく見られる、かのシヴァ神の象徴に類似するというのである(Ibid:150-151)。シルエットで見れば、そうかもしれないと思う。

参考文献
正木晃 2010『仏像ミステリー』講談社.

*福海寺
仏教 臨済宗南禅寺派
〒652-0806 兵庫県神戸市兵庫区西柳原町10−10
078-671-6242
(JR「兵庫」から徒歩5分。線路の南側を道なりに東進。「柳原」交差点近く。)
管理人の訪問日:2016年5月2日
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2018年01月09日

西宮神社

塾で働いていた頃、ある小学生の男の子から、彼オリジナルの『ごんぎつね』続編を聞かされたことがある。ごんは実は死んでいなくて、兵十と幸せに暮らしたそうだ。

それでは話の趣旨が変わってしまうじゃないか、同居させる意味はどこにある、という率直な感想は口に出さなかったが、悲しい結末が耐え難い彼の気持ちはよく分かった。

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切なすぎるか怖すぎるか不気味すぎるか、、、トラウマになってしまうような作品というのが、誰にもいくつかはあるのではないだろうか。私が苦手な話は二つあって、一つは小川未明の『赤い蝋燭と人魚』であり、もう一つは記紀神話のヒルコの物語である。

人魚はちょっと置いておいて、日本神話について述べよう。

記紀の最初の方に、イザナギ(伊弉諾)とイザナミ(伊弉冉)の夫婦神による創世神話が出てくる。夫婦の神が交合する際の会話はひどくユーモラスであることが知られている。

しかし、生まれた子供は手足が萎えた子で、三歳になっても足腰が立たなかったので葦船に乗せて流し捨てたという。

このあけすけな大らかさの中のあけすけな残酷さは、最初読んだときひどくショックだった。性に関するコードが違う時代は人権に対する価値観も違うのは当たり前だが、両方同時に来られると辛い。

この子供の「ヒルコ(蛭子)」という名もグロテスクすぎると思った。(その後山岸涼子の同名の漫画を読み、さらに嫌悪感をつのらせた。)

ただ、神話なんだから想像力の産物と言ってしまえばそれまでだ。気に入らないなら、想像力を駆使して続編を作ってしまえばいい。かの少年の如く。

昔の人も同じことを考えたのか、鎌倉時代までには、この話の後日談が創作された。

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『源平盛衰記』には「蛭子は三年迄足立たぬ尊とておはしければ、天磐樟船に乗せ奉り、大海が原に推し出されて流され給ひしが、摂津の国に流れよりて、海を領する神となりて、戎三郎殿と顕れ給うて、西宮におはします」と記される(蛭子神社 2016)。

親に捨てられたヒルコは、海を支配する神となって西宮の地に鎮座した。あの、ふくよかで楽しそうな「エビス」になったのだ!!全くイメージが変わるだけに、話に救いができるというもの。

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西宮神社の公式サイトでは、鳴尾(西宮市内)の漁師が海で拾った神像が夢の神託によってヒルコだと分かり、本人の希望に従って西の方に移したという由緒を伝えている(西宮神社 n.d.)。

本来は別の神らしい。「エビス」は異郷から来臨して人々に幸福をもたらすと信じられた神である。西宮神社が伝える通り、漁民の神だった。鯨、サメ、イルカを「エビス」と呼び、大漁をもたらすとして崇敬することがあった。水死体をそのように呼ぶ場合もあったらしいから(岩井 1989:27-28)、そもそも特定の神を表す固有名詞ではなかったのだろう。

つまり、「エビス」という神はもともと異なる神として信仰されていたのだが、後から記紀神話の「ヒルコ(蛭子)」に付会されたのである。

「ヒルコ(蛭子)」以外に、記紀の「コトシロヌシノカミ(事代主神)」とみなされる場合もある。まれに記紀の「スクナヒコナ(少彦名)」とされる。「ヒルコ」と「コトシロヌシ」の両方を祀っているエビス社もある。「蛭子社」と書いて「エビスしゃ」と読ませた上で、「ヒルコ」ではなく「コトシロヌシ」を祭神にする所もある。「蛭子」、「恵比寿」、「戎」、「胡」、「夷」どれも「エビス」と読む。関西では「えべっさん」と呼ぶ。

ローマ神話の「ユピテル」はギリシャ神話の「ゼウス」に相当する、というように、別起源の神格を同一視する解釈(これが狭義の「シンクレティズム」である)が世界各地でなされてきたが、これもその類だ。

「エビス=ヒルコ説」の場合、この習合によって暗澹とした神話が希望のある物語に転換されるのだから、すごくいいと思う。

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エビスはもと漁民の神だったが、田の神の性格もあり、現在は商家の神として知られている。そのえべっさんを祀った神社は関西には数多く、商売繁盛を祈る「十日えびす」の祭礼では大変な賑わいを見せる。期間限定のものと見なされているのか、たいていのエビス社では祭礼以外の時期は閑散としている。

とはいえ西宮神社ともなると、さすがにお祭り以外の時も人出があるらしい。私は一度祭礼期間を外した時に日が落ちてから行ってみたのだが、社に灯りが点っており、熱心に拝んでいる人も散見された。さすが総本社。

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しかしまあ、暗闇の中の神社というのは、すさまじい雰囲気がある。福々しい祭神の、福々しくなかった過去を想起させるような、、、

参考文献
蛭子神社 2016「神社紹介「御祭神」」『兵庫・柳原 蛭子神社』
http://www.hyogo-ebisu.com/syokai/gosaijin.php
岩井宏實 1989『暮らしの中の神さん仏さん』河出文庫.
西宮神社 n.d.「由緒・歴史」『エビス宮総本社 西宮神社』
http://nishinomiya-ebisu.com/history/index.html

*西宮神社
神道
〒662-0974 兵庫県西宮市社家町1-17  
0798-33-0321 
(阪神電車・本線「西宮駅」南口より南西へ徒歩5分。)
管理人の訪問日:2015年1月16日
posted by HIRO at 05:33| Comment(0) | 神道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする