2019年01月03日

徳大寺

東京にも摩利支天を祀っているお寺があるというので、用事のついでに行くことにした。徳大寺という日蓮宗のお寺である。

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お寺は上野の賑やかな商店街の中にあって、西側から寺に近づいていくと、周囲のお店にはめ込まれるように小さな仏堂が見えて来て、中に石仏が祀られているのが分かった。徳大寺のお堂らしい。浄行菩薩である。

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自分の体の悪い部位と同じ部位を洗えば、痛みや病が癒されるという「あらい仏」。織田作之助は大阪の日蓮宗寺院にある「あらい仏」を「石地蔵」と書いているが(織田 1976)、法華経に登場する浄行菩薩である。日蓮宗ではオリジナリティにこだわるように思う。他宗派でもよく見られる「地蔵」は、日蓮宗にとってはポピュラー過ぎるのではないか。ここも「あらい仏」が浄行菩薩だったので、如何にも日蓮宗らしいと思った。

http://gompa.seesaa.net/article/420659804.html
http://gompa.seesaa.net/article/446106633.html

で、ちょっとうれしくなって、本堂に向かう。浄行菩薩堂から少し行くと、徳大寺の山門が見えて来る。

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入口に由緒書があり、ここの摩利支天が力(気力、体力、財力)の守護神として霊験あらたかな旨書かれている。

摩利支天はもともとインドの陽炎の神。自らの姿を隠して災難を除くとされる。私は摩利支天に「ふにゃふにゃしながら難を逃れる」というイメージを持っていたので、「気力、体力、財力の守護神」という日蓮宗的な前向きさは新鮮だった。

門から本堂まで上がっていく階段の途中に狛犬があった。摩利支天の乗り物は猪だから、狛犬が狛猪になっていると思い込んでいたが、ふつうの狛犬。まあ京都の摩利支天堂と同じでも面白くなかろう。

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本堂に摩利支天が祀られているが、向かって右脇の露台には日蓮聖人、七面天女と、明らかに日蓮宗オリジナルの尊格。さらにその横には「縁結び地蔵尊」、、、

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ああ、地蔵菩薩もありなのか、、、「あらい仏」を石地蔵じゃなくて浄行菩薩にするぐらいだから、地蔵は使わないのかと思ったが、さに非ず。しかも、着物を着た女の人がひざまずいて何か必死にお地蔵さんに祈っているという、ちょっとシュールな像。「縁結び地蔵尊」というからには、やっぱり「縁」を祈っているのであろう。「彼氏ほしい」とか「夫が浮気をやめますように」とか堂々とお願いしている女の図。やっぱりオリジナリティにあふれていると言えよう。

日蓮宗的かつ江戸っ子的な元気にあふれているお寺。

まあ、私は「ふにゃふにゃしながら難を逃れる」という方が合ってるけどね。江戸っ子とちゃうし。

参考文献
織田作之助 1976「大阪発見」
http://www.aozora.gr.jp/cards/000040/files/4106_7695.html

*徳大寺
仏教 日蓮宗
〒110-0005東京都台東区上野4丁目6-2
03-3831-7926
(東京メトロ銀座線「上野広小路」下車徒歩数分。中央通りを北上。「カラオケルーム歌広場」の所を右折。アメ横の「二木の菓子第一営業所」向かい。JR「御徒町」からも近い。)
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2019年01月02日

禅居庵

建仁寺の塔頭に摩利支天という神様を祀っている所がある。禅居庵という寺である。摩利支天は陽炎の神格化で、昔の日本では武士の守護神として信仰されたとの由であるが、一切の災厄を免れるご利益があるそうだから、武士がいなくなっても通用しそうである。この摩利支天の乗り物は猪なので、ここにやたらと猪のオブジェがある。

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狛犬が狛猪。手水の蛇口も他の寺社だったら龍になっている所が猪で、これがセンサーで水が出るようになっていてちょっとびっくり。

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猪ばかりが目立つが、目立たないところに色々な祠があり、隅の方に「三光威徳天」と書かれた小さな社が見える。

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「大威徳明王」というのは密教系の忿怒尊として有名であるが、「三光威徳天」というのは聞かない。

「三光宮」なら宮城県の青麻神社を中心とする中風除けの信仰であるが、もしそうなら何故「三光威徳天」と称されるのか、分からない。

この宮城県の青麻神社を中心とする中風除けの信仰は関西ではあまり見られない。ただ、大阪の玉造に三光神社というのがある。もとは仁徳天皇と稲荷を祀る神社だったが、青麻神社から勧請した「三光宮」の人気によって、「三光神社」になったようだ。

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もしかしたら、禅居庵も、幕末か明治に青麻神社から「三光宮」を勧請して祠を造ったのかもしれない。が、大阪の三光神社のような人気がなく、あるいは一時期は人気があったもののその後廃れて、今は目立たない位置にあるのかもしれない。

寺社はご利益が商品であるから、その陳列にも色んな工夫が必要だ。大阪の「三光宮」は末社から昇格して主祭神の母屋をとった。京都の「三光威徳天」はそれに失敗したのかもしれない。

だから、京都の建仁寺の塔頭・禅居庵の片隅にある「三光威徳天」の祠が、もし宮城県の青麻神社から勧請された神様のなれの果てなら、面白いなあと思うのである。

でもまあ、これは宮城県の青麻神社を中心とする中風除けの「三光宮」信仰とは何の関係もないかもしれない。私が勝手に想像しているだけである。「威徳天」が付いている理由も分からないしね。

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いずれにせよ、今の禅居庵は宮城県の青麻神社を中心とする中風除けの「三光宮」信仰に頼る必要は全然なくて、摩利支天信仰で十分やっていける。だから境内が猪だらけなのだ。

*禅居庵(建仁寺塔頭)
仏教 臨済宗建仁寺派
〒605-0811 京都府京都市東山区大和大路通四条下る4丁目小松町146
075-561-5556
(京阪電車「祇園四条」下車。四条通を少し東進した後右折して大和大路通を南下。建仁寺の山門よりも南。京都ゑびす神社の向かい。)
管理人の訪問日:2015年9月25日
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2019年01月01日

護王神社

和気清麻呂のことは中学校で習った。奈良時代に僧侶の道鏡が宇佐八幡の神託と称して皇位に就こうとした時、この清麻呂が宇佐に赴いて神託を確認することを命じられ、やはり皇族でない者が天皇になるのはダメだと言ってこれを阻止した、のだそうである。

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清麻呂は河内に神願寺を建立したが、後にこの和気氏の氏寺が高雄の神護寺となった。この神護寺の護法善神廟に清麻呂が祀られており、それが明治になって京都御所の近くに移転されて護王神社となった。

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仏寺から神社が分けられたのだから、明治の神仏分離の一環と見なすことができる。又、当時天皇中心の国家建設をする際に、建勲神社とか梨木神社とか、皇室のために働いたとされる人を顕彰するための神社が建立された。和気清麻呂も皇統を守った功労者として神社が造られた訳だ。いかにも「国策」の色彩の濃い神社である。

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だからまあ、この護王神社もナショナリスティックというか、国威発揚のためのモニュメントが見られる。君が代に出てくる「さざれ石」があるし、戦前の教科書に出てくる「万世一系の皇統を守った」和気清麻呂の物語が紹介されている。

ただ、梨木神社とか他の神社を見ても思うのだけれど、偉人の顕彰だけではなかなかお客さんが来てくれない。

で、実際京都市内の至る所の広告を通して、護王神社は足腰関係にご利益ありと宣伝されている。和気清麻呂が宇佐に行くときに道鏡の刺客に襲われて足を切られたのだが、その後300頭の猪が現れて彼を守って無事に宇佐に着くことが出来、足も治ったという故事にちなむ。

護王神社4.jpg


こんなの今どき流行らないだろうと思ったのだが、結構人気のようだ。絵馬を見ると「羽生結弦君の足が早く治りますように」と書いたのが散見される。医学が発達したら発達したなりの需要がある訳だ。

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それに関連して、境内は猪だらけだった。足を切られた清麻呂を守った猪を「守護獣」として崇敬しているとの由。

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狛犬の代わりの狛猪、猪のあしらわれた絵馬、猪の形の手水の蛇口、彫刻や児童画等々、、、猪づくしである。(そういう作り物の猪に混じって、本物の猪の剥製を置くのは如何なものかとは思うが。)

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偉人の顕彰にご利益に可愛らしいオブジェ。まずまず上手くやっている。

*護王神社
神道
〒602-8011 京都府京都市上京区 下長者町下ル桜鶴円町385 烏丸通
075-441-5458
(地下鉄烏丸線「丸太町」下車。烏丸通を北上。京都御所の西側。蛤御門の向かい。)
管理人の訪問日:2018年12月8日
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