2019年01月01日

護王神社

和気清麻呂のことは中学校で習った。奈良時代に僧侶の道鏡が宇佐八幡の神託と称して皇位に就こうとした時、この清麻呂が宇佐に赴いて神託を確認することを命じられ、やはり皇族でない者が天皇になるのはダメだと言ってこれを阻止した、のだそうである。

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清麻呂は河内に神願寺を建立したが、後にこの和気氏の氏寺が高雄の神護寺となった。この神護寺の護法善神廟に清麻呂が祀られており、それが明治になって京都御所の近くに移転されて護王神社となった。

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仏寺から神社が分けられたのだから、明治の神仏分離の一環と見なすことができる。又、当時天皇中心の国家建設をする際に、建勲神社とか梨木神社とか、皇室のために働いたとされる人を顕彰するための神社が建立された。和気清麻呂も皇統を守った功労者として神社が造られた訳だ。いかにも「国策」の色彩の濃い神社である。

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だからまあ、この護王神社もナショナリスティックというか、国威発揚のためのモニュメントが見られる。君が代に出てくる「さざれ石」があるし、戦前の教科書に出てくる「万世一系の皇統を守った」和気清麻呂の物語が紹介されている。

ただ、梨木神社とか他の神社を見ても思うのだけれど、偉人の顕彰だけではなかなかお客さんが来てくれない。

で、実際京都市内の至る所の広告を通して、護王神社は足腰関係にご利益ありと宣伝されている。和気清麻呂が宇佐に行くときに道鏡の刺客に襲われて足を切られたのだが、その後300頭の猪が現れて彼を守って無事に宇佐に着くことが出来、足も治ったという故事にちなむ。

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こんなの今どき流行らないだろうと思ったのだが、結構人気のようだ。絵馬を見ると「羽生結弦君の足が早く治りますように」と書いたのが散見される。医学が発達したら発達したなりの需要がある訳だ。

護王神社2.jpg


それに関連して、境内は猪だらけだった。足を切られた清麻呂を守った猪を「守護獣」として崇敬しているとの由。

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狛犬の代わりの狛猪、猪のあしらわれた絵馬、猪の形の手水の蛇口、彫刻や児童画等々、、、猪づくしである。(そういう作り物の猪に混じって、本物の猪の剥製を置くのは如何なものかとは思うが。)

護王神社6.jpg


偉人の顕彰にご利益に可愛らしいオブジェ。まずまず上手くやっている。

*護王神社
神道
〒602-8011 京都府京都市上京区 下長者町下ル桜鶴円町385 烏丸通
075-441-5458
(地下鉄烏丸線「丸太町」下車。烏丸通を北上。京都御所の西側。蛤御門の向かい。)
管理人の訪問日:2018年12月8日
posted by HIRO at 09:59| Comment(0) | 神道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする