2019年06月27日

皇寺(実勝寺)

清朝がチベット仏教を保護したのはよく知られているところであるが、彼らが最初に東北に造ったゲルク派寺院は盛京(瀋陽)実勝寺、1636年建立である。皇室と関係が特に強いということか、「皇寺」と呼ばれている。

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特にモンゴル人との関係を意識しての保護だったと言われる。乾隆帝はこの寺に来た時に『易経』に出てくる「神道設教」という言葉を用いて詩作している。自身もチベット仏教の信者だったようだが、儒家の古典で表現しているのがすごいではないか。

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行ってみたら、今でもモンゴル人の寺だった。お坊さんの一人に聞いたら、この寺の僧侶は全員モンゴル族で、内蒙古から来ている人もいるとのこと。

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で、民族色にあふれているというか、建築自体は漢地風とはいえ、当然チベット仏教のお寺だから、ルンタ、マニ堆、マニ車、大きな香炉などが実に色鮮やかだ。

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「しかし」というべきか、「だから」というべきか、、、境内は中国政府に従いますというアピール、あるいは従えという強制、あるいはその両方の表れがやたらと目についた。

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大雄宝殿には民国政府に従ったパンチェンラマ9世と今の中国政府が金瓶掣籤で選んだパンチェンラマ11世の肖像画。この地で(モンゴル人も含め)かような問題を問題にする人もさほどいないと思われるのだが、、、

「宗教事務条例」に『習近平語録』、、、

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「社会主義核心価値観」24文字が綺麗な吊り灯篭として堂宇を飾っているのも心憎い。どうせなら楽しく、ということだろう。

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そういえば、学生時代に中国共産党の民族宗教政策の勉強をしていたとき、たまに資料で「習仲勲」という名を目にしたことを思い出す。あの人の息子がこんなに偉くなったのか、、、と思うと感慨深い。

一方でちゃんと宗教的雰囲気も濃厚。熱心に五体投地をする女性信徒たちの姿も見られ、そのための石の台まで用意されている。

歴史にしろ文化にしろ政治にしろ、、、色んな意味あい意味付けが原色でぎゅっと詰まっていて、素敵にくらくらする寺だった。

*皇寺(実勝寺)
仏教 チベット仏教 ゲルク派
中国遼寧省瀋陽市和平区皇寺路206号
(地下鉄2号線「市府広場」下車。市府大路を少し東進、北三経街で北上、皇寺路との交差点まで行く。)
管理人の訪問日:2019年4月27日
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2019年06月25日

菅原院天満宮神社

菅原道真の生誕地とされる所は複数あって、『京の霊場』というサイトでは七か所の寺社を挙げている(『京の霊場』管理人 2016)。

ただ、立地からして御所の近くの菅原院天満宮神社が有利ではないか。七か所全部行ったわけではないが、京都市内の別の「生誕地」、菅大臣神社は地元の人以外が来ることもなさそうで、ひっそりしていた。

http://gompa.seesaa.net/article/460175129.html

こちら菅原院天満宮神社は菅原道真親子三代の邸宅跡とされ、道真が産湯をつかった井戸とされるものがある。

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恥ずかしげもない嘘臭さがいいなあ、と思う。

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小ぢんまりしているが、観光客もたくさん来ていて賑やかな感じ。産湯の井戸以外にも、癌封じやはれものにご利益がある神様が祀ってある末社とか、色んなものが詰まっている。

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末社の一つとして、「地蔵社」とされた社に神道の御幣つきで、仏教の大日如来が祀ってあり、「祭神 天道大日如来(出世石神)」と書かれているのも面白い。横にはさらに石地蔵が並んでいるのもとても面白い。

いや、大日如来が地蔵菩薩と似たものとして扱われている点、石に宿った何らかの霊とされている点、仏教でも神道でも関係がない点、、、これらは異とするに足りないのだ。一つの祠に地蔵菩薩と大日如来の石仏が同居している例も神社に石仏が祀られていている例も見たことがある。

http://gompa.seesaa.net/article/419634380.html
http://gompa.seesaa.net/article/440416477.html
http://gompa.seesaa.net/article/414432293.html
http://gompa.seesaa.net/article/411419017.html

ただ、「地蔵社」という祠に大日如来「だけ」が祀られていて、地蔵菩薩は横にむき出しになっているというのは、実はちょっぴりほのかにシュールな光景ではないだろうか。

菅原院天満宮神社4.jpg


参考文献
『京の霊場』管理人 2016「道真生誕地」『京の霊場』
http://kyonoreijo.sakura.ne.jp/kkr/kt/kkrkt-seitan.htm

*菅原院天満宮神社
神道
〒602-8021 京都府京都市上京区 下立売下ル堀松町406
075-211-4769
(地下鉄烏丸線「丸太町」下車、2番出口から烏丸通を北上、徒歩5分。)
管理人の訪問日:2018年12月8日
posted by HIRO at 20:45| Comment(0) | 神道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月23日

御香宮神社

「日本第一安産守護大神」とある。

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祭神は神功皇后。

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仲哀天皇の后にして朝鮮半島に攻め入ったという伝説上の人物である。帰国後に応神天皇を産み落としたという。

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乱暴な伝説なので、神社としてはあまり表に出したくないかもしれない。今は慈母のような、ソフトなイメージを出している。しかし、これが安産の神様というのがすごい。無理をしていたのに無事に赤ちゃんを産みました、ということなのだろうが、そもそも妊娠中に戦争に行ってはいけない。

「スターリン平和賞」という言葉を思い出す。関係ないけど。

で、境内に豊臣秀吉と徳川家康の両方を祀っているのも目を引くところだ。

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確かに、この神社は秀吉からも家康からも寄進を受けているし、江戸時代は徳川御三家に本殿修復を手伝ってもらっている。

東照宮は江戸時代からあったのだろうが、江戸時代は豊臣家滅亡後に秀吉を祀るのが禁止されたはずだから、秀吉の豊国社は明治以降のものである。

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徳川家の恩を受けているが、鳥羽伏見の戦いでは官軍(薩摩藩)の屯所になったとの由。時代が変わっても家康を祀り続けたということは、何か罪悪感のようなものがあったのだろうか。

秀吉と神功皇后とが何つながりかは、、、まあ、、、

*御香宮神社
神道
〒612-8039 京都府京都市伏見区御香宮門前町174
075-611-0559
(近鉄「桃山御陵前」、京阪「伏見桃山」から大手筋を東進。)
管理人の訪問日:2019年5月11日
ラベル:日本 京都 神道
posted by HIRO at 19:19| Comment(0) | 神道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする