2019年08月18日

東塔(護国永光寺)

瀋陽で長年仕事をしている年配の日本人の方に「東塔」のことを聞いたら、少し残念そうだった。

「公園があって風情のある所だったけど、最近新しくお寺が建って、、、」

お寺が建ったらだめなのかなと思った。

瀋陽には清朝が17世紀に城外東西南北それぞれに建てた仏塔があり、それぞれにチベット仏教寺院が併設されていた。後世いくつかは寺の方がさびれて塔だけになっていたのである。

東塔1.jpg


東塔に関していえば、日露戦争で寺院部分の永光寺が破却され、満州事変の際日本軍の飛行機で塔が損壊した。ずっとそのままだったらしいのだが、文革を経て改革開放が始まった1984年になって瀋陽市政府が東塔を修復し、塔を中心に公園を造った。2005年になって東西南北の塔を瀋陽市仏教協会が管理することになり、2008年には東塔に付属していた寺の方も修復することになったとの由(梁、呉 2016)。

その割に寺の方の再建計画が正式に始動するのが2016年で(Ibid)、その間「塔を中心とした公園」の状態がずっと続いたことになる。先述の日本人が好んだ公園はこれである。市仏教協会と市政府の各関係部門の関係するプロジェクトなので、行政の肝いりで進められていることになる。

で、私が訪れた2019年6月の時点で、まだ寺は完成していなかった。工事中である。

東塔3.jpg


寺の門前にあった由緒書には2017年4月に工事が開始され、6か月で完成したようなことが書いてあるのだが、内装やら仏像やらは未完成である。

僧侶の姿も見えず。境内に中年女性が三人ほど所在なげに座っていたので、僧侶は何人か聞くと「知らない」との答え。

なかなかじっくり慎重にやっていると思いながら、中をうろついていると、一つだけ立派に完成しているお堂があった。関帝を祀る「財神殿」。内部は全面金色で、壁にはお金のレリーフ。文字通り光輝いている。お寺の中でも金もうけ祈願の優先順位が高いわけだ。

東塔4.jpg


確かに日本人が考えるような風情はないけれど、これはこれで面白い。

もともとはチベット仏教寺院だったはずだが、チベット風のものは塔ぐらいだった。

東塔2.jpg


あと、塔の前に五体投地用の石板が三つ。私物らしきマットが無造作に置かれていた。あるいはあの人たちのだったのか。

参考文献
梁馨月、呉長権 2016「尋訪瀋陽東塔永光寺」『人民網』2016年10月28日09:14 来源:『瀋陽日報』
http://ln.people.com.cn/n2/2016/1028/c378323-29218194.html

◎東塔(護国永光寺)
仏教 チベット仏教ゲルク派 中国仏教
中国瀋陽市大東区東塔街2号
(バス237号、140号「東塔公園」下車すぐ。あるいは地下鉄一号線「黎明広場」下車。東進して川に行きつけば、そのまま川沿いに南下する。)
管理人の訪問日:2019年6月7日
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2019年08月17日

志比線刻磨崖仏(及びその周辺)

そもそも、仏教寺院というのは本来の趣旨からいえば僧侶が修行をする場所であり、神仏を祭祀する場所でもなく、死者の追悼儀式をする場所でもないはずだが、アジア各地の多くの寺院でこれらが混同されている。

志比線刻摩崖仏3.jpg


その点、北陸の永平寺は比較的純粋な修行道場という感があるが、永平寺に行く道すがら、永平寺門前に入るバスの終点辺り、「志比線刻磨崖仏」辺りは墓と石仏だらけ。特に軍人の墓が目立つ。

志比線刻摩崖仏2.jpg


16世紀に造られたという磨崖仏自体は相当見えにくくなってしまっていて、よく分からないのも多い。そして磨崖仏を見ようと思ったら、必ず「故陸軍何とか兵誰それ勲何等」の類が目に入る。

志比線刻摩崖仏1.jpg


戦没者の墓をここにわざわざ造ったのは、聖地としての永平寺という立地が関係あるのだろうか。あるいは磨崖仏の前面に造ればずっと参拝者に拝んでもらえ、故人の記憶の風化が遅くなるだとうという判断が働いたのかと思う。けっこう新しいのもあったから、修復もしているのだろう。

そもそも、墓を造るということ自体が仏教に反している。仏教は執着を離れよと言うのだから、死没者にこだわることも教義上は戒められるはずである。ましてや、墓の永続を願うなどあってはならないのではないか。

また、磨崖仏から少し離れたところに、よく見られる一般の墓地もあって、こちらは「某家先祖代々之墓」という類である。そして某家が供養をしなくなって無縁になったのが一か所に集められ、墓の墓が出来ているのもよく見られる風景。

志比線刻摩崖仏4.jpg


「墓を造っても結局は墓の墓が積まれることになる」ことを示すことによって世の無常を説いているのだとしたら、日本のお坊さんもなかなかやるなと思うのだ。

宗教は純粋じゃない方が面白い。

◎志比線刻磨崖仏(及びその周辺)
仏教
910-1228 福井県吉田郡永平寺町志比
(JR「福井」からバス・永平寺ライナー、終点「永平寺」下車。そのバス停近辺の話。)
管理人の訪問日:2017年8月24日
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2019年08月16日

浄土院(京都市左京区)

銀閣寺近辺は昔から観光客でにぎわっているのだが、銀閣寺脇にある浄土院には不思議と人が入っていない。

浄土院1.jpg


人が入っていないので私が入ってみると、アクリル板(?)で前面を仕切られたお堂にナゾの人形があった。

浄土院2.jpg


「浄土寺二位尼・高階栄子」の木像との由。

高階栄子(たかしなえいし)は平安末から鎌倉初期の人。後白河法皇に寵愛されて皇女を生み、膨大な長講堂領をその子に相続させて朝廷内に絶大な権力をふるったという。

この浄土院にあるのは彼女が浄土院の前に建っていた「浄土寺」に隠棲していた関係であろうが、わざわざナゾの人形が造られた意図はやはりよく分からない。

せっかく観光客がいっぱいいるのだから、もう少し商売っ気があってもよかろうに、と思うのは余計なお世話だろうか。とはいえ、ナゾの人形を造っているからには、多少集客をあてこんでいるようにも思われ、、、

寂しく珍寺、というのはなかなか親近感がわく。

とはいえ、大文字の送り火を管理するという由緒正しき寺である。8月16日にはいっぱい人が来るらしく、この点は親近感がわかない。

何となくこのナゾの人形がアクリル板(?)の向こうから「あーはっはっは、あーはっはっは、あーはっはっは、あーはっはっは、あーはっはっは、あーはっはっは、あーはっはっは」と高笑いしているような気がした。

浄土院3.jpg


◎浄土院(京都市左京区)
仏教 浄土宗
〒606-8402 京都府京都市左京区銀閣寺町30  
075-771-5158
(京都市営バス100号系統「銀閣寺前」、京都バス18, 51系統「銀閣寺道」等で下車。銀閣寺の入り口を入る手前で左に折れると浄土院の門がある。)
管理人の訪問日:2018年11月18日
posted by HIRO at 09:26| Comment(0) | 仏教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする