2020年02月23日

毘沙門堂

いかにも鄙びた山寺といった風情もある一方で、本堂部分が妙に朱い。そこは綺麗、というか派手。日本の寺院建築にしては枯れていない感じ。

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拝観料を払った時に貸し出されたペン式録音機の音声ガイドによれば、この妙な派手さは江戸時代の徳川家康のブレーンだった天台僧天海がわざとやったことである。

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山科の毘沙門堂は最澄開基と伝わる古寺だが、織田信長によって焼かれ、江戸時代初期に幕府によって再興された。この時に中心になったのが天海の弟子公海だが、天海の考えに従って家康の神格化である東照大権現を祀る施設になった。皇室ゆかりの寺なので菊の紋がやたらと目につくのだが、本堂本尊の御前立辺りの台座には葵の御紋。本尊の右手には衣冠束帯姿の家康像が厨子に収められている。

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日本の寺院建築にしては枯れていないこの感じ、くだんのタウトが嫌いな日光東照宮の色使いなのだった。神社の朱。これも神仏習合文化の一側面である。

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公海による復興後、出家した皇族男子、法親王が住職を務める「門跡寺院」になっているが、江戸幕府の権威を示すために天皇家の血が利用された格好か。天皇一族も家を継げない男の子がたくさんいたからちょうどよかった訳だ。関東における日光や寛永寺と同じである。

*毘沙門堂
仏教 天台宗
〒607-8003 京都府京都市山科区安朱稲荷山町18
075-581-0328
(JR「山科」より北へ徒歩20分)
管理人の訪問日:2019年2月23日
posted by HIRO at 09:22| Comment(0) | 仏教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする