2020年03月11日

回向院(両国)

両国の駅を降りたら着物を着たお相撲さんばかりが歩いていた。こういう風景は他で見たことがない。

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両国の回向院は、死者10万人以上を出した明暦の大火(1657年)の無縁仏を弔うために、将軍徳川家綱によって建立された。

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おそらくその死が何らか社会に影響を与え得ると政府が判断した際は、政府の手によって慰霊が行われるのだ。非常に昔なら怨霊の慰撫であろうし、近代以降なら戦没者の追悼である。災害による大量の死者に対する配慮は今でも一大事であるが、江戸期もそうだったようである。

その後も、大規模災害による犠牲者の供養が行われた他、刑死者や牢死者もここで埋葬された(鈴木 2012:144-145)。

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それでとにかく色んな墓がある寺になっている。殉難者の墓もあるし、有名人の墓もあるし、ペットの墓もあるし、、、

ただ、慰霊のために建てられた寺は、特定の檀家を資金源とすることができない。楽しいイベントを通じて、客集めに勤しんだ。

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両国に国技館が建てられ、相撲部屋が集まっているのは、そもそも回向院境内で相撲の興行が行われたからである。境内の小屋掛けには五千人の観客が集まったという(Ibid:149-150)。

では、参拝客自体はどのように集めるか。成り立ちからして霊験や現世利益を喧伝できるわけではない。それで、「出開帳」を通じて、他所から霊験や現世利益を借りて来たのである。

神仏の厨子を開いて、ふだん秘仏となっている本尊・祖師像の参拝を許可することを開帳というが、他の寺社に出張して開帳することを出開帳という。

江戸時代に出開帳を受け入れた寺社は、深川永代寺58回、湯島天神31回、浅草寺27回、音羽護国寺25回。それらと比べても回向院の出開帳は飛びぬけて多く、166回である(Ibid:153)。

近年も東日本大震災復興支援のための出開帳(長野善光寺や気仙沼地福寺)をやっている。

出開帳というのは、美術館や博物館で有名寺院の宝物を展示することに取って代わられたと思っていた。江戸時代のようにお寺の中で他のお寺の仏像を拝ませるというのは非常に珍しいのではないか。

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東日本大震災復興支援も、出開帳も、両方とも回向院の歴史を十分に踏まえているのが面白い。

参考文献
鈴木一夫 2012『大江戸寺社繁盛記』中公文庫.

*回向院(両国)
仏教 浄土宗
〒130-0026 東京都墨田区両国2-8-10
(JR総武線「両国」の西口改札を出て、目の前の大きな通りを左にまっすぐ進むと3分で到着する。)
03-3634-7776
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posted by HIRO at 21:15| Comment(0) | 仏教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする