2020年05月30日

竜安寺

緊急事態宣言全国的解除後の最初の週末。

外国人観光客はまだ入れない。

めったにないチャンスだから、ふだん参観者でごったがえす有名寺院に行ってみようと思い立つ。

二十五年以上前に行った時、人間の背中で壁が作られ、かの石庭が見られなかったのを覚えている。それ以来ずっと、私の中で枯山水が名高い竜安寺のイメージは「人が多過ぎて落ち着かない」だった。今こそリベンジだ。

一方で「第二波」やら「合成の誤謬」やらの言葉が頭をよぎる。本当に行ってもよいものだろうか。同じことを考えている人たちでいっぱいなのではないか?

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おっかなびっくり嵐電で赴けば、人はほんのり、ちらほら。全く無人で寂しいという感じではないが、だいたい周囲に二、三人しかいない。

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有名な石庭の前にも三、四人しか座ってなくて、十分に参観可能。後ろを見れば、薄暗い畳の間がシックな雰囲気を醸し出しており、ひっそり静か。ここぞとばかりに興奮してうろちょろうろちょろしてしまう。

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私の記憶の中には石庭の前の人垣しかなかったのだが、石庭の外には広大な池泉回遊式庭園が広がっている。植物も水も土地も豊富なのに、敢えて石と砂で小さな抽象芸術を作るのだから贅沢だ。池の方も非常に美しいと素直に感動し、せかせかせかせか写真を撮る。

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熱に浮かされたように歩いていると、湯豆腐1500円のメニューが目に入ってきた。長年京都に通学・通勤してきたが、湯豆腐とはとんと縁がない。高級料理と思っていたが、1500円で食えるものなのか。じゃあ食おう。

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塔頭の湯豆腐屋に入ってみれば、これがまあ雅な店構え。鯉の泳ぐ日本庭園が見えている。雅のあまり「ヒロイケお断りどすえ」と追い返されそうな勢いだが、いかんせんここも客がいなかった。

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20畳ほどの部屋だろうか。私が入った時は客三人。ほどなく私一人になり、あまりのゴージャスさにここぞとばかりうろちょろうろちょろ、、、

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うろちょろしていたら湯豆腐が出て来る。湯豆腐に縁がないために間近に見たことがなかったが、いったい湯豆腐が好きな人間や嫌いな人間がいるのだろうか。とにかく豆腐と白菜を湯で煮ているだけである。だから湯豆腐というのである。もちろん1500円の湯豆腐は安いのだろうが、「原価率」という観点から述べれば、、、

京都のお寺はよく行く。たいてい、人が多くても少なくても、とにかくお堂に入ったら座ってぼーっとする。池の周りはのんびり散策する。今回は楽しむことにガツガツし過ぎた。

コロナ禍の中の非日常。これはこれでよかったのだけれど、人が少な過ぎるのも落ち着かない。伝染病が本当に収束し、外国人観光客のいるふだんの京都が戻ってきたら、もう一度竜安寺に行ってみようかと思う。そして「死亡フラグ」という言葉が頭をよぎる。

*竜安寺
仏教 臨済宗妙心寺派
〒616-8001 京都府京都市右京区龍安寺御陵ノ下町13
075-463-2216
(嵐電「竜安寺」下車、北へ徒歩7分。きぬかけの路沿い。)
管理人の訪問日:2020年5月30日
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2020年05月23日

新日吉神宮

大阪の大宮神社で江戸期の豊臣秀吉像が発見された。

秀吉は死後豊国社に神として祀られるが、1615年、徳川の世になってその神号は剥奪された。秀吉の神社が復興したのは明治になってからである。

http://gompa.seesaa.net/article/440832688.html

今回発見されたのは17世紀か18世紀の木像で、1615年の禁制以降の作である可能性が高い。関西大の長谷洋一教授(日本彫刻史)は「江戸時代の隠れた秀吉信仰を知る貴重な手がかりだ」と言っている(読売新聞 2020)。

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この神社には行ったことがない。ここで思い出すのは少し前、京都の新日吉神宮を訪れた時のことである。

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祭神は日吉山王七神と後白河天皇。まあ、それはいい。日吉丸とも関係があるのだ。

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摂社に豊国神社というのがあって、豊臣秀吉を祀っている。それはいいのだが、神社内で見られる説明では、これを「1615年豊国社が廃止された時ひそかにご神体を遷して祀った」と主張していた。確かに阿弥陀が峰のもとの豊国社は距離的に近くだが、、、

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私の当時の日記には「本当かな、後からいくらでも言える」と書いてある。

徳川の世が終わり、明治になって秀吉の再顕彰が行われた。その時になって「実は江戸時代もずっと秘密裏に秀吉を祀っていたんですよ」と名乗り出る。明治になってからだと危険性がないばかりかむしろ徳川幕府を倒した当時の政権に対するアピールになるし、捏造だって簡単だ。「創られた伝統」というやつではないか。

、、、と、思ったのだ。

だが、「江戸期のひそかな秀吉信仰」というのは本当にあった。独り脳内で鬼の首をとるのも簡単である。どうやら冷笑され、嘲笑されるべきは筆者のようですね。ふう。

まあでも、、、とは思うのだ。異なる見方もできるかもしれない。

大阪市のホームページでは、今回見つかった大宮神社の木像と、18世紀末から19世紀初めにかけての『絵本太閤記』を通じた秀吉ブームとの関連を指摘(大阪市 2020)。出版物やら浄瑠璃やらのサブカル的な流行が起源なら、「大阪落城から幕府の目を盗んでどうのこうの」という歴史ロマンとはだいぶイメージが違う。

新日吉神宮の言ってるのは、「1615年からひそかにずっと」である。阿Qは中国人の専売特許ではない。「精神的勝利法」の亡者の脳内で、鬼の首が又ふつふつと頭をもたげる。

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大宮神社の木像は、新型コロナウイルスの問題が落ち着けば一般公開が検討されるというから、是非見に行きたい。

参考文献
大阪市 2020「報道発表資料 全国最大級の豊臣秀吉像(豊国大明神像)が大阪市内で新たに発見されました」『大阪市』
https://www.city.osaka.lg.jp/hodoshiryo/kyoiku/0000501862.html
読売新聞 2020「大阪の神社に秀吉の木製坐像、江戸期最大級…「隠れた信仰知る貴重な手がかり」」『読売新聞(電子版)』2020.5.22.
https://www.yomiuri.co.jp/culture/20200522-OYT1T50143/

*新日吉神宮
神道
〒605-0932 京都府京都市東山区妙法院前側町451−1
075-561-3769
(市バス「東山七条」下車。妙法院と智積院の間の小さい道を東へ徒歩約5分。)
筆者の訪問日:2018年12月22日
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2020年05月22日

吉水弁財天堂

緊急事態宣言解除の翌日、用事があって出かけ、久しぶりに四条河原町界隈を通りかかった。見たこともない光景。人通りの少なさもさることながら、日本人だけがいる京都の繁華街というのは異様である。

新型コロナウイルスが流行る前まで、八坂神社までずーっと、色んな所から来た人々で賑わっていたのに、、、

だんだん人が少なくなるのは、八坂神社を越えた辺りからだった。

以前、暇に任せてその裏手の山道をどんどん登って行った時、二十分ほど歩いた辺りだったか、なかなか素敵なお堂に出くわしたことがある。

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入口は石鳥居だが、建物は仏堂。奉納された赤提灯がなかなかの味を醸し出している。如何にも庶民信仰風の弁財天の祠。

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時宗安養寺の飛地境内・境外仏堂である。私の好きなパターンだ。

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お堂の周りには苔むした石塔や小祠が散在する。鎌倉時代の文化財も無造作に置かれているのが面白い。雨降りの天気もあって、暗くてじっとりじめじめ、ホラーというか、オカルトというか、なかなかの雰囲気だ。

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そんな寂しげな所でも、外国人観光客の姿がちらほら見えた。けっこう真面目に手を合わせて拝んだりしていているので感心していると、目があってしまった。屈強そうな色黒の人からにこやかに「コンニチワ」など言われて恥ずかしかったのを覚えている。

それ位、前は外国人観光客をよく見た、という話。

緊急事態宣言が解除されても先のことは分からない。世界中の人が海外旅行を「自粛」するようになれば、観光に依るところが大きい京都は特に地盤沈下が激しいだろうと、上司がしきりに不安がっていた。

*吉水弁財天堂(時宗安養寺の飛地境内・境外仏堂)
仏教 時宗
605-0071 京都府京都市東山区円山町474-1
(阪急「京都河原町」京阪「祇園四条」下車、四条通を東進、八坂神社を越えて、その裏手の丘をずっと登る。)
管理人の訪問日:2018年12月22日
posted by HIRO at 23:24| Comment(0) | 仏教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする