2015年03月28日

上海清真女寺

上海の豫園近くを歩いていて、「清真女寺」というのを目にした。女性用のモスク、ということであろう。

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これはあんまりイスラム圏にないイスラムのパターンじゃないかと思う。松本ますみによれば、多くの地域のモスクでは女性は排除あるいは分離させられていて、主導的な役割は与えられない。しかし、清代中期から河南、河北、山東などを中心に、女性中心のモスクやイスラム学校が運営されるようになった。これは中華世界でイスラム教徒が圧倒的に少数者である情況が背景にあるという(松本 2012:168-172)。

ただし、中国でもイスラム教徒の多い西北では女性用モスクは存在しなかったそうだ(Ibid:170)。上海ではイスラム教徒は十分に少数派。だから女性用モスクも存在する、ということか。1920年からという。

マイノリティ集団の女性がマイノリティゆえに存在感を増す、というのは自明なことではない。しかしいくつか思い出すことがある。

一つは何年か前に聖公会の神父さんに聞いた話のこと。女性司祭を認めるかどうか、という議論で聖公会はもめにもめたのだが、教会活動はすでに女性信者が中心的な役割を果たしていたために、全く違和感を持たない人も多かった、というのだ。

キリスト教全体の歴史から見れば、女性差別は激しかったのだろうが、信者が人口の1%以下という日本の情況においては、必ずしもそうではない。

また、ヨーロッパでイスラム教徒女性のベール着用が問題になっていることが思い出される。マジョリティの白人が、髪を覆うベールはイスラムの女性差別の象徴だと騒ぎ立て、フランスなどで禁止されている。時々若い移民系の女性が「表現の自由だ」と言ってベールを着て逮捕されるという逆説。

マイノリティを差別したかったら、「彼らの文化は差別的だ」と言えばいいのか。解釈権があるのはマジョリティで、「あっちが差別的だから」と言えば自分たちの差別は免罪されるという理不尽。

「ナニナニ教はこんなだ」とは言えない。その「ナニナニ教」がどのようなコンテキストに置かれているのか、を見ないと。

参考文献
松本ますみ 2012「回族の女寺と女学」中国ムスリム研究会編『中国のムスリムを知るための60章』明石書店.

*上海清真女寺
イスラム教 スンニ派
中国上海市黄色浦区小桃園街24号
(地下鉄9号線「豫園」より徒歩10分)
管理人の訪問日:2013年5月4日
posted by HIRO at 20:10| Comment(0) | TrackBack(0) | イスラム教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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