2016年07月25日

伊和志津神社

伊和志津神社は宝塚随一の古社で、延喜式にもその名が見えている。

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本殿脇には色んな小さなお社があったが、中にはお地蔵さんを祀っているお堂もあった。

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神社の公式サイトによれば、「神仏習合の名残で、地域の方々が奉納されたお地蔵様をお祀りしています」とのこと(伊和志津神社 n.d.)。

元は路傍にあり、持ち寄られた石地蔵。

あるいは明治初年の宗教政策が関係しているかもしれない。当時の政府は辻堂や路上の地蔵を淫祀として廃絶の対象としていた。兵庫県では1873年(明治6年)、路上の地蔵を取り除くよう法令が出された。さらに1876年(明治9年)に教部省から通達が出ている。教部省の通達では、そのような地蔵は最寄りの「社寺」に納めよとしていた(凛太郎 2014)。

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近代的な迷信撲滅運動である。近代的なのだが、「文化財」という観念はまだない。でも、取り除いた地蔵は廃棄しろとはいわず、宗教施設に持って行けと言う。神仏分離後なのに、菩薩像を神社に入れるのも、ありだった。

これが近代/前近代、仏教/神道の区別がなされんとしてまだ曖昧模糊としていた明治の感覚だったのだろう。

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かくして、神社に地蔵が持ち込まれるようになる。

だから、伊和志津神社に地蔵舎があるのも、神仏習合の名残というよりは、むしろ廃仏毀釈の名残というべきではないか。

ただまあ、これは、「そういうこともあるかも」という程度の話。明治の政策は何だったんだという位、今だに関西の路上は地蔵だらけだ。祀る人がいなくなった石仏は、処理に困った人たちによって、今でも社寺に持ち込まれるのだろう。その際、神社よりも仏寺の方が適当だなどという配慮がなされるとは思えない。

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伊和志津神社は延喜式にも名のある古社だが、時代の流れに流れ流れている感じ。境内に県道が通る。

参考文献
伊和志津神社 n.d. 「境内の風景」『伊和志津神社』(伊和志津神社公式ウェブサイト)
http://iwashidu-jinja.jp/keidai.html#phototop
凛太郎 2014「凛太郎の自転車操業 西宮の旧村落53 西宮町(4)」西宮の地域ブログポータルサイト『西宮ブログ』2014/08/17 6:06:24
http://nishinomiya.areablog.jp/page.asp?idx=1000061497&post_idx_sel=11090030

*伊和志津神社
神道
〒665-0033 兵庫県宝塚市伊孑志1丁目4-3
0797-72-3265
(阪急今津線「逆瀬川」下車、東出口から県道16号線沿いに徒歩6分。)
管理人の訪問日:2016年5月6日
posted by HIRO at 21:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 神道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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