2016年09月26日

督城隍廟址

済南の旧市街で「社会主義好、毛主席万歳」と書かれた白壁を見る。これは「ネタ」である。横に「串」と書かれた旗が見えるので串を売る店だ。レトロを演出するために文革期のデザインや毛沢東を持ち出すのは、田子坊などでも見たし観光地ではおなじみの風景である。

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しかし「ガチ」もまだ残っている。

地図のその旧市街近くに「督城隍廟」という文字が見えたので、行ってみた時の話だ。「城隍廟」というからには、都市の守護神「城隍」を祀る廟所であるのだろうと思って行ってみたのである。

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行ってみると、確かに廟らしき建物はあったが、今は廟として機能していない。演出ではなく本気でレトロで、若干廃墟観が漂っている。いや、中に人が住んでいるらしかったから、廃墟といっては怒られるだろうが。

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映画「ドクトル・ジバゴ」で、革命後に主人公が自分の屋敷に戻ってみたら、共産党の管理下に置かれて何家族も一緒に住んでいた、というあれである。

かつてあったはずの神像も本殿も破壊されたようで、とにかく存在していないのである。「城隍廟」の額があったであろう所の左右に、毛沢東がどうのこうの、文革期のスローガンが大書されているのがうっすらと読める。

可もなく不可もない、ごく散文的な町の一角、、、

もっと文化財を大切にしろと言う人もいるらしいが、私はこれ自体はさほど悲惨な感じはしなかった。別にこの地に根強く残った城隍信仰が抑圧されているとか、そういう話ではないのだ。修復するということは壊して又観光地によくあるような新品の廟を建てるということだから、悪いけれどもこのままの方がむしろ古い物を見られるうれしさがある。ガチでレトロだ、わーい、という部外者。

ただそれでも、破壊の爪痕というのが現実のものとして残っていて、一方すぐ近くに毛沢東万歳を観光客向けのネタにした串屋があるということは、ひどく残酷なことだと思う。

だいぶ昔の話だが、故宮で土産物として買った毛沢東の肖像を寮の部屋にかけておいたら、チベットの人権擁護をやっている友人が見て、本気で嫌がっていたのを思い出す。

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もちろん私も含めて毛沢東グッズを売ったり買ったりする人が、今どき本当に毛沢東を崇拝しているわけではない。逆に「ネタ」だから売買が成立するのだ。しかしかつて「ガチ」だったことがある以上、ヒトラー崇拝に似た気持ち悪さを感じる人がいても当然だ。

何をどうしろとか、誰が悪いとか言ってもいいだろうし、むしろ言うべきなのだろうが、混乱してうまく言えない。ただ、今の中国には、いや現代社会にはというべきか、様々な傷跡があり、またそれが往々にして無理に乗り越えられたことにされているみたいだということは、よく覚えておこうと思う。

*督城隍廟址
道教
中国山東省済南市東華街5号
(バス118路,122路,14路,30路「大明湖東門」下車、県東巷という道を南下し、東華街という小さい道の所で東に入る。「大明湖街道弁事処」近く。)
管理人の訪問日:2016年8月14日
ラベル:中国 道教 山東
posted by HIRO at 22:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 道教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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