2018年01月03日

富岡八幡宮

私は神仏習合が面白いと思っているが、神仏分離も面白いと思っている。

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深川の富岡八幡宮は、江戸の神仏習合の時代には真言宗の永代寺の管理下にあったが、明治の神仏分離で寺院と切り離された。

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もとより江戸の盛り場。富岡八幡宮では相撲の興行をやり、永代寺では諸国の寺院の御開帳をして、手広く儲けていた。

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そんな風だったのが、明治の神仏分離で、永代寺の住職が富岡八幡宮の宮司になって富岡姓を名乗り、永代寺の方は一旦廃止になった。(その後永代寺は規模を縮小して再興されている。)これは同時期に奈良の興福寺と春日大社との間に起こったこととよく似ている。

http://gompa.seesaa.net/article/399674656.html
http://gompa.seesaa.net/article/439640676.html

神仏習合の時代に同じ組織内に僧侶と神主がいる場合、だいたい僧侶の方が格上、神主の方が格下になっていた。やっぱりできるものなら上の方がいいだろう。明治初期に「これからの時代神社の方がお寺より有利かも」という感じになったら、鞍替えするお坊さんが出てくるのは自然だと思う。(あと、富岡八幡宮や春日大社のケースにはあてはまらないのだが、もともと神社が主体になっている神仏習合の宗教施設を社僧が管理していた場合、僧侶が神主に変わるのは必然である。)

結局、宗教にも流行り廃り、栄枯盛衰があって、宗教者も損得勘定と無縁ではいられない。

この富岡八幡宮は収入の多い神社として知られ、七五三に厄除け、自動車のお祓い等々、今でもしっかりとお金儲けをしているようだ。

とはいえ、損得勘定では説明がつかないことももちろん存在する。

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富岡八幡宮の境内の中でも一番きれいな風景は弁天池の辺りなのだが、よく見るとここに粟島神社が合祀されている。

粟島(淡島、淡嶋)信仰は和歌山県の加太を中心として広域に伝播された習俗で、婦人病に霊験ありとされた。かつては花柳界の女性の信仰が篤かったというから、富岡八幡宮にあるのも江戸の盛り場時代の名残かもしれない。

女性の下着を集めて供養していたのだが、今の関西では人形供養が主体になっていたりする。ここでは「針供養」だというから、妙にお上品ではないか。

http://gompa.seesaa.net/article/434530908.html
http://gompa.seesaa.net/article/426782974.html

かくも損得勘定に敏い神社の片隅で、流行おくれの信仰が形を変えてしぶとく生き残っているのが面白い。

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*富岡八幡宮
神道
〒135-0047 東京都江東区富岡1丁目20−3
03-3642-1315
(東京メトロ東西線、都営大江戸線「門前仲町」下車。「桂田ビル」の角から北東に入り直進)
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posted by HIRO at 19:03| Comment(0) | 神道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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