2018年03月11日

橋姫神社

神道の特徴というのは、思想性のなさなんだと思う。

歴史的には「何々神道」というのが随分とあったらしいが、神道そのものには一貫した思想がないから儒教や仏教といった外来思想と結びついて、逆に色んなことが言えたのではないか。

IMG_20180120_143658.jpg


敢えて固有の思想らしきものを考えたら、自然崇拝なのかなとも思うが、それも絶対的なものではないようだ。

神社本庁という全国の神社を束ねている団体があるが、そこは原発推進派である。少なくとも今となってはエコな感じがしない。

現在の神道は、おおよそナショナリズムと親和性が強いとみなされている。ただ、ナショナリズムは近代以降のものである。国学がその原型を作ったのだとしても、近世以降だ。神道自体はもっと古いものだと考えれば、これも神道本来の思想とは言えないだろう。

もちろん、神仏分離以降の神道を明治以降に始まった「創られた伝統」と見れば、ナショナリズムと親和性が高いのは当然だという議論は十分に成り立つ。

しかし、各地の神社はあまりに多様であり、前近代的な習俗や民間信仰の類をあまた残存させており、「創られた伝統」の語で一括りに出来ないのも確かである。

例えば、宇治にある「橋姫神社」は、自分を捨てた男を呪って鬼になった女性を祀る。今でも「縁切り」を願って参拝する人がいるらしいが、ここに思想性だの哲学だのを見出すのは難しい。

http://gompa.seesaa.net/article/417353655.html
http://gompa.seesaa.net/article/417466424.html

IMG_20180120_143746.jpg


ただ、「縁切り」を大々的に打ち出して金もうけをたくらむのでもないらしい。境内は小さく、祠もごくシンプル。近くの平等院は観光客であふれているのだが、ここはひっそりしている。

IMG_20180120_143613.jpg


何やら木札が打ち立てられていて、「ここ橋姫神社は、高浜原発から75km、大飯原発から74q、美浜原発から91km、敦賀原発から98km、高速増殖炉もんじゅから96q」と書いてある。定めし、ここの神主が何か言いたくて書いて見せたのだろう。

あるいは「神道に思想性がない」などと言ったら怒られてしまうぐらいに、神道家としての強い矜持のもとに書かれたものかもしれない。

それでも、その「思想」を押し付けてはいない。いや、主張はしているのかもしれないが、少なくとも明確ではない。後は自分で考えてね、という感じに思えた。

ただ、神社本庁の考えとは違うのかもしれないということが示唆される。

結局、神道の特徴は、思想性のなさなんだと思う。

*橋姫神社
神道
〒611-0021 京都府宇治市宇治蓮華47
0774-21-2017
(JR奈良線「宇治駅」から徒歩10分、 京阪電車宇治線「宇治駅」から徒歩10分。宇治橋西詰近く。あがた通りを少し南に入ったところ。)
管理人の訪問日:2018年1月20日
posted by HIRO at 09:34| Comment(0) | 神道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: