2018年08月16日

京都霊山護国神社

元伊勢とか元春日とか、神社には「元何々」というのが多い。有名な大社のルーツとされる神社が、自らの由緒を主張する際の宣伝的な表現である。

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それなら京都東山の「京都霊山護国神社」は「元靖国」と名乗る資格がありそうだが、今のところそれはやっていない。

靖国神社も全国各地の護国神社も、もとは「招魂社」と呼ばれていた。招魂社というのは幕末明治にかけて、明治国家建設のために死んだ人々を殉国者として慰霊するための神社である。もともと各藩が設けたもので複数あったが、明治新政府の命令で出来たのは1868年の京都の「霊山官祭招魂社」が最初。翌年「東京招魂社」ができる。それぞれ、後に「京都霊山護国神社」、「靖国神社」と改称する。

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京都の護国神社も護国神社なのであるから、まあ靖国神社と基本的趣旨は同じはずである。実際、まあなんというかライトでミリタリーなアトモスフィア―が濃厚。靖国同様、幕末の志士や日清・日露以降の戦争殉難者を祭神としている。

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ただ、何かちょっと雰囲気が違う部分もある。

まず、立地がとてもよろしい。八坂神社、高台寺から流れた観光客がやって来る。

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それから、何といっても祭神の一人である坂本龍馬。これを妙に喧伝しており、神社までの道々これをベースに宣伝している。

又、金をとって見せている部分、「旧霊山官修墳墓」は個人名の分かる墳墓で、やはり一つの社殿にどっさり何百万も一緒に祀られているのとはわけが違う。(逆に数があまりに多くなってくるとこういうことは出来ないと思う。)

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ここの看板も「坂本龍馬と中岡慎太郎の墓はこちら」みたいな書き方をしているから巧妙だ(この二人だけじゃないのだけど)。この二人だけ別格で、銅像まで建てられている。

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維新の志士1356名。池田屋騒動とか禁門の変で亡くなった人など。見晴らしのいい所に膨大な墓碑を建てられるとなかなか壮絶なものがある。

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幕末ファンらしき人がかなり来ている。その中の男の人が「誰それは女装が好きで」云々と蘊蓄を熱心に語るのを、横にいた彼女が「へー」とか言って聞いていた。東京弁である。

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私も心の中で「へー」と思いつつ歴史ロマンに浸っていると、自衛隊の墓が目に入り、いきなり現代に引き戻された。

*京都霊山護国神社
神道
〒605-0861 京都府京都市東山区清閑寺霊山町1
075-561-7124
(JR京都駅、京阪四条駅、阪急河原町駅より市バス祇園方面「東山安井」下車徒歩10分。安井神社から東大路通を挟んで真向かいの大鳥居をくぐり、「維新の道」を東へ直進する。)
管理人の訪問日:2016年9月24日
posted by HIRO at 23:13| Comment(0) | 神道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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