2019年08月17日

志比線刻磨崖仏(及びその周辺)

そもそも、仏教寺院というのは本来の趣旨からいえば僧侶が修行をする場所であり、神仏を祭祀する場所でもなく、死者の追悼儀式をする場所でもないはずだが、アジア各地の多くの寺院でこれらが混同されている。

志比線刻摩崖仏3.jpg


その点、北陸の永平寺は比較的純粋な修行道場という感があるが、永平寺に行く道すがら、永平寺門前に入るバスの終点辺り、「志比線刻磨崖仏」辺りは墓と石仏だらけ。特に軍人の墓が目立つ。

志比線刻摩崖仏2.jpg


16世紀に造られたという磨崖仏自体は相当見えにくくなってしまっていて、よく分からないのも多い。そして磨崖仏を見ようと思ったら、必ず「故陸軍何とか兵誰それ勲何等」の類が目に入る。

志比線刻摩崖仏1.jpg


戦没者の墓をここにわざわざ造ったのは、聖地としての永平寺という立地が関係あるのだろうか。あるいは磨崖仏の前面に造ればずっと参拝者に拝んでもらえ、故人の記憶の風化が遅くなるだとうという判断が働いたのかと思う。けっこう新しいのもあったから、修復もしているのだろう。

そもそも、墓を造るということ自体が仏教に反している。仏教は執着を離れよと言うのだから、死没者にこだわることも教義上は戒められるはずである。ましてや、墓の永続を願うなどあってはならないのではないか。

また、磨崖仏から少し離れたところに、よく見られる一般の墓地もあって、こちらは「某家先祖代々之墓」という類である。そして某家が供養をしなくなって無縁になったのが一か所に集められ、墓の墓が出来ているのもよく見られる風景。

志比線刻摩崖仏4.jpg


「墓を造っても結局は墓の墓が積まれることになる」ことを示すことによって世の無常を説いているのだとしたら、日本のお坊さんもなかなかやるなと思うのだ。

宗教は純粋じゃない方が面白い。

◎志比線刻磨崖仏(及びその周辺)
仏教
910-1228 福井県吉田郡永平寺町志比
(JR「福井」からバス・永平寺ライナー、終点「永平寺」下車。そのバス停近辺の話。)
管理人の訪問日:2017年8月24日
posted by HIRO at 10:24| Comment(0) | 仏教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: