2014年05月13日

永寧清真寺

イスラム教 スンニ派
中国雲南省昆明市金碧路153号
(0871)63612495
バス3路「金馬坊」下車
管理人の訪問日:2014年2月2日

昆明の繁華街。大通りの向こうに尖塔やドーム屋根のついたビルが見える。中は服屋だったり質屋だったり。

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ふつうのビルのようで、アラビア建築のようで、、、

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近づいて見ると、やはりモスクだった。

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なかなか立派。コーランの一節を電光掲示板で流していた。

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モスクが建物の一部を利用して、商店や企業にテナントを貸していたわけである。

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中庭にはイラン料理等をあつかう食堂があったが、営業していなかった。お祈りで人が集まる時には営業するのかもしれない。

宗教活動はちゃんとしているが、一方でお金もうけに余念のないモスク。中国の市場経済社会の中で、イスラムもしたたかに生きている。
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2014年05月02日

ジャーマー・マスジッド

Jama Masjid, Masjid-i-Jahan Numa
イスラム教 スンニ派
Chandni Chowk, New Delhi, Delhi, India
管理人の訪問日:1998年3月3日

同僚何人かと食事をしていて、旅行のときにカメラを持って行った方がいいか、持って行かない方がいいのか、という話になったことがある。(スマホをみんな持っている時代であるから、多くの人にとって意味のない議論かもしれないが、、、)

同僚の一人は写真撮影をした方が楽しいと言い、別の一人はむしろ見たものを心に焼き付けた方がいいと言った。

旅行のときの写真撮影はした方がいいのか、しない方がいいのか、、、、私は昔、インドをカメラなしで旅行したときのことを思い出した。

強烈に心に焼き付いている風景がある。

私はデリーの大モスクの入り口階段に腰掛けていた。モスク前の広場を通って、無数のインド人女性がこちらにやって来る。赤や緑や黄色、、、、色とりどりの薄絹のような衣装。一様ではない。首都だから、国内の色んなところから色んなイスラム教徒が来るのだろう。インド各地の様々な地方、様々な民族の衣装。

日本ではイスラムといえば、どちらかと言えば地味なイメージがあるかもしれない。イスラム教徒女性は全身を黒で覆っている印象すらある。しかし、この女性たちの着物の何と色鮮やかなこと、イスラム文化の多様なこと、インド文化の蠱惑的なこと、、、あまりの美しさにしばし時間を忘れて見入っていた。

あの時もしカメラを持っていたら、と考えるのは野暮なことだろうか?

写真抜きで、心に焼き付けた方がいい風景だったのだろうか?

と、考えていてふと気がついた。「どの道、知らない女性にカメラを向けるわけにはいくまい」

ただ、それでもやはり彼女たちにカメラを向けたら、と想像する。きっと誰かに非難されたはずだ、、、、誰に?彼女たちと、それに、、、

すると、私の心に焼き付いている風景に男性が一人もいないことに気がついた。まさかその時女性ばかりだったということはなかろう。もし、その時カメラを彼女たちに向けていたら(写真撮影をしてもしなくても)、その場にいたのが少なくとも半分は男性だったことを覚えていたのではないか。

やはりカメラは一応持って行った方がいい。旅の思い出は美しくあってほしいが、無粋な現実も大切にしたいから。
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2014年05月01日

哈密回王陵

イスラム教 スンニ派
中国新疆維吾爾自治区哈密市環城路
バス10路「哈密王陵」下車
0902-2384067
管理人の訪問日:2013年8月10日

ある国内のマジョリティとマイノリティの紛争にしても、別の国の人同士のいがみ合いにしても、いわゆる民族がらみの問題ではいつも気になることがある。争っている二組の集団の狭間に立たされて、つらい思いをする人を大量に出してしまうことだ。

思い出してしまうのは、私が上海にいたとき。尖閣云々でデモが起こった際の、日本人男性と結婚した中国人女性の怒り。あるいは青海にいたとき。チベット語を母語とする回族の悲しみ。チベット族と漢族両方の親を持つ者の不安。

争っている二組の集団が二組だけできっちり境界線を分けられればそれでいい。しかし実際は必ず両者が重なり合う部分や、どちらにも属さない中間地帯が出来る。

甘粛から新疆に入ってすぐのところ、哈密(ハミ)というところは漢民族の世界と西域の世界が重なり合う「中間地帯」だった。

ハミの「回王陵」に行った。ウイグルのものと中国のものがえらく混じり合っているところだった。ここは昔のハミの王族の棺桶をおさめた建物とモスクから成る。

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モスクは壮麗な西域風。外から見ると、タイル画の美しさに心打たれる。中に入るとしっとりとしたうす暗さと木組みの美しさに心打たれる。まあこれはいい。

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他に、墓廟が二つある。棺桶が布一枚かけられたままごろごろ並べられていて、面食らう。これが中国風と西域風が隣り合って建っていて、面食らう。中国風だと思ったのが、屋根の部分がどうもモンゴル風らしく、さらに面食らう。

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付設の展示部分を見ると、ここに眠っているハミ王家というのは、トルコ系イスラム教徒なのである。そうは言い条こいつらは、どうも主家であるジュンガル・モンゴルを裏切った奴ららしい。一旦モンゴル人の支配下に入って、それから自分たちの有利になるように清朝の方に寝返った。その後は中国にべったりで、中華民国になっても所領安堵してもらおうと躍起になっている。

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道理で建物が中国風だったりモンゴル風だったり西域風だったりするわけだ。

しかしこの王家の奴らというのは、なかなか小気味のいい連中だと感心する。

現代に求められているのは、変なプライドにこだわってケンカするのではなく、臨機応変に異民族異教徒とつきあう術だ。

クレオール、フュージョン、チャンプルーの文化が出来るのは、色んな人たちとうまくつきあうことの象徴といえるのではないか。

王陵を出て、大通りの脇に、たまたま工事中のモスクを目にした。中国風と西域風、両方の建物を造るらしい。複合形式だ。

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上手く造ってほしいなと、思う。
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