2014年04月29日

ケイス墓

蓋斯墓(蓋斯麻扎)
イスラム教 スンニ派
中国新疆維吾爾自治区哈密市天山南路
0902-2384067
バス14路「蓋斯墓」
管理人の訪問日:2013年8月10日

私は「牧歌的」という言葉が好きである。「牧歌的」というのは『広辞苑』によれば「牧歌のように素朴で抒情的なさま」とある。

ただ、この言葉はあまり話し言葉としては使わないらしく、私は「ボッカテキやなあ」と言っては、人様に「は?」といぶかしがられる。

その「牧歌的」の話である。イスラムの聖者墓廟・ケイス墓で、ちょっとびっくりする位牧歌的な風景に行き当たった。

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ここは「マザール(mazar)」というイスラムの聖者を祭るところ。マザールは「大モスクと見違えるほどのドーム型建築から一般の墓園内の何の変哲のない墓まで、大小さまざま(澤田 2012:183)との由であるが、この「ケイス墓」は「小さいおうち」という感じ。白壁で柱や梁は木造。コテージ風でメルヘンチック。

イスラムの断食明けのお祭りの日に当たっていて、参詣者も多いと聞いていたのだが、私が訪れた時は私以外に誰もおらず、「静謐」という言葉がよく似合っていた。わずかに線香の煙が参詣者のあったことを伝えていた。

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庭では羊が静かに草をはんでいた。牧歌的なことこの上ない。

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「牧歌的」を演出するために、この廟の管理者が敢えて羊を放ったのだとしたら、なかなかやるな、と思う。廟の管理者は、「うひひひひ、、、こうすれば牧歌的になるんじゃないかな」とか言いながら、夜中奥さんや子供に見つからないように独りで羊を運んだのでは、などと想像してみる。

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牧歌に羊、、、、というのもあまりにそのまんまだが、そのストレートさがまたいい。

澤田稔 2012「マザール」,中国ムスリム研究会編『中国のムスリムを知るための60章』明石書店.pp.183-187
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2014年04月25日

福佑路清真寺

イスラム教 スンニ派
上海市黄浦区福佑路378号(近麗水路)
021-63282135
バス11,17,26路「老北門」
管理人の訪問日:2008年9月21日

場所は上海の豫園界隈。にぎやかな喧噪の中にありながら、その喧噪からぽつんと取り残された、ただの古ぼけたビルだった。

それは中国の都市ならどこにでもあるものだ。しかし、西安の鼓楼近く、西寧の東関大街のように、それを中心に一大コミュニティが形成されているわけではなかった。また、西安の鼓楼近くや西寧の東関大街のそれと違って、中国建築とアラビア文化との融合の妙を楽しむわけにもいかなかった。

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それでもはっきりと自己主張していた。大きな字で「モスク(清真寺)」と。書くにしても「何々モスク」と名前が書いてありそうなものだが、ただぶっきらぼうに「モスク」である。

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周りに全くイスラム的なものがない中で、入口付近の物売りのウイグル人のお兄さんが、わずかに雰囲気を添えていた。このお兄さんに「入ってもいいですか?」と聞く。おそらくは大した関係者でもなかったのだろうから、こう聞くのも本来は筋違いな話だった。それでもお兄さんはいとも気軽に、かつ当然のように「いいよ」と答える。

おずおずと中に入ると、入ってすぐの所に売店があり、『コーラン』や『ハディース』を売っていた。売店のおじさんに「見てもいいですか?」とたずねた。おじさんは困ったように「いいけど、何もないよ」と言った。

中はそっけない事務所やら接客室やらが並んでいて、実際、特別なものは何もなかった。ただ、奥に建物の向きに対して不自然な向きに部屋が据えられており、そこで十数人の白い帽子の男性たちが熱心に礼拝を行っていた。

すぐ近くにある仏教の「沉香閣」や道教の「城隍廟」とはまるで違っている。それらの寺では風情のある建物、像や壁画、様々な御利益、あらゆる手段で参拝者たちの気を引こうとしているように思えた。

しかし、モスクには何もなかった。ただ祈りの場所があるだけだ。聖なるものと直接向き合う場所。一切の夾雑物なし。

そして、誰に対しても開かれている。
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2014年04月18日

東大寺(開封)

イスラム教 スンニ派
中国河南省開封市順河回族区清平南街路西
バス4,7路「汴京橋」下車
管理人の訪問日:2014年3月29日

開封の地図を見ていると、「東大寺」という文字が見えた。事前情報は何もなかったのだが、どんな寺か確かめに行きたくなった。

ただし、こういう態度で旅行をしていると、がっかりさせられることも多い。地図に「ナニナニ寺」と書いてあっても、地名としてその名が残っているだけで、その由来となった「ナニナニ寺」は現存しない、ということもあるからだ。(無錫の地図に「崇安寺」と書かれていたのでそこに行ってみたが、「崇安寺」という寺はなかった。)

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この「東大寺」も地名として残っているだけかなと思いながらも、地図を頼りにそちらに向かって行った。歩いていると、周囲の家にやたらとアラビア語で書かれたプレートが目につくようになる。行きかう人々は白い帽子をかぶっている。

イスラムを信仰する回族の人々のコミュニティである。串焼きやら饅頭やらのハラール食品を売る屋台やら、イスラムの本や服装やらのムスリム用品を売る店やら。

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昔からの下町という風情。おじいさんおばあさんが路上に出した小さな椅子に座り込んで談笑したり、トランプをしたり。

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そこで突然目に飛び込んできた「東大寺」。やはりイスラムのモスクであった。奈良の東大寺も僧侶の中からイスラム研究者を出したし、よくよくイスラムとご縁のある名前である。

建築は全く中華風。下町の人々のいこいの場なのだろう。

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寺があるだけでもうれしいのに、なかなかの収穫だった。すごくお得な気分。
posted by HIRO at 20:11| Comment(0) | イスラム教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする