2016年11月27日

歴山院(済南千仏山)

済南千仏山の歴山院は、基本的には舜を祀る所らしいのだが、財神だとか碧霞元君だとか、他の神様も祀っている。

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匠の祖と言われる魯班像の前で、「魯班は金を稼がない」と捨て台詞を吐いて行った観光客がいた。

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神様も確かにご利益によって人気の差が出ている。街が財神で溢れ返る訳だ。

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*歴山院(済南千仏山)
道教
中国済南市歴下区経十一路18号千仏山風景名勝区内
0531-82662340
(千仏山へ風景区へはバス64、152路「千仏山風景区」下車。歴山院は丘を上がった所で、興国禅寺の東側。)
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2016年09月26日

督城隍廟址

済南の旧市街で「社会主義好、毛主席万歳」と書かれた白壁を見る。これは「ネタ」である。横に「串」と書かれた旗が見えるので串を売る店だ。レトロを演出するために文革期のデザインや毛沢東を持ち出すのは、田子坊などでも見たし観光地ではおなじみの風景である。

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しかし「ガチ」もまだ残っている。

地図のその旧市街近くに「督城隍廟」という文字が見えたので、行ってみた時の話だ。「城隍廟」というからには、都市の守護神「城隍」を祀る廟所であるのだろうと思って行ってみたのである。

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行ってみると、確かに廟らしき建物はあったが、今は廟として機能していない。演出ではなく本気でレトロで、若干廃墟観が漂っている。いや、中に人が住んでいるらしかったから、廃墟といっては怒られるだろうが。

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映画「ドクトル・ジバゴ」で、革命後に主人公が自分の屋敷に戻ってみたら、共産党の管理下に置かれて何家族も一緒に住んでいた、というあれである。

かつてあったはずの神像も本殿も破壊されたようで、とにかく存在していないのである。「城隍廟」の額があったであろう所の左右に、毛沢東がどうのこうの、文革期のスローガンが大書されているのがうっすらと読める。

可もなく不可もない、ごく散文的な町の一角、、、

もっと文化財を大切にしろと言う人もいるらしいが、私はこれ自体はさほど悲惨な感じはしなかった。別にこの地に根強く残った城隍信仰が抑圧されているとか、そういう話ではないのだ。修復するということは壊して又観光地によくあるような新品の廟を建てるということだから、悪いけれどもこのままの方がむしろ古い物を見られるうれしさがある。ガチでレトロだ、わーい、という部外者。

ただそれでも、破壊の爪痕というのが現実のものとして残っていて、一方すぐ近くに毛沢東万歳を観光客向けのネタにした串屋があるということは、ひどく残酷なことだと思う。

だいぶ昔の話だが、故宮で土産物として買った毛沢東の肖像を寮の部屋にかけておいたら、チベットの人権擁護をやっている友人が見て、本気で嫌がっていたのを思い出す。

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もちろん私も含めて毛沢東グッズを売ったり買ったりする人が、今どき本当に毛沢東を崇拝しているわけではない。逆に「ネタ」だから売買が成立するのだ。しかしかつて「ガチ」だったことがある以上、ヒトラー崇拝に似た気持ち悪さを感じる人がいても当然だ。

何をどうしろとか、誰が悪いとか言ってもいいだろうし、むしろ言うべきなのだろうが、混乱してうまく言えない。ただ、今の中国には、いや現代社会にはというべきか、様々な傷跡があり、またそれが往々にして無理に乗り越えられたことにされているみたいだということは、よく覚えておこうと思う。

*督城隍廟址
道教
中国山東省済南市東華街5号
(バス118路,122路,14路,30路「大明湖東門」下車、県東巷という道を南下し、東華街という小さい道の所で東に入る。「大明湖街道弁事処」近く。)
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ラベル:中国 道教 山東
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2016年08月06日

延慶観

開封の延慶観は道教の一派である全真教の創始者、王重陽(1113-1170)ゆかりの廟。伝統ある場所らしいのだが、何か重みは感じさせない。

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入場券を買って入ろうとすると、入口でガイドは要りますかと言われる。要らないと言ったが、入場券を買ったらただでガイドを付けることも出来るらしかった。

確かにこの廟の「玉皇閣」はなかなか珍しいゴージャスな建物で、ちょっと厚ぼったい宝物らしさを出していた。もとは元代に建てられたもので、モンゴル建築の影響があるとのこと(汪平 尚昆侖 2010)。

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王重陽の弟子として全真教を率いた丘処機(1148-1227)が、はるばる西域を旅してチンギス・ハンに会いに行ったという話を思い出す。受験勉強の時だったか、これを初めて知った時、漢民族の文化を代表する道教がモンゴルと邂逅するという話に雄大な歴史のロマンを感じたものだ。

一通り参観を終えて出ようとすると、「占いをしますから、これから道長のところへお連れします」と、ガイドが他の観光客を案内している声が聞こえてくる。「道長」は道教の僧である。観光地でよくあるパターンなら、占いをやって布施をいくらいくらと要求するのである。これがそうなのかどうかは分からないが、ガイドを断ってよかったと思った。

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帰国してだいぶたってから、たまたまこの延慶観のことをネットで見た。政治協商会議の委員をやっている中国道教協会の副会長がここを「宗教活動の場所」に戻すことを提案しているという記事だ(李萌2015)。これは2015年3月の話だったので、私が行った2014年3月の時点では「宗教活動の場所」ではなかったということになる。では、あの「道長が占いをやる」という言葉は何だったのか。

ちょっと調べてみたところでは、この廟は道教の廟だが宗教者が運営しているのではなく、2016年現在でも「開封市延慶観繁塔文物管理所」というところが管理しているらしい。「開封市延慶観繁塔文物管理所」は「開封市文物局」の下部機構なので(開封市延慶観繁塔文物管理所 n.d.)、政府機関ということになる。

長い伝統を持つ中国文化は、宗教教団とか、遊牧民族の長とか、共産党の指導者とか、実に色んな立場の人々の様々な関係性やダイナミズムの中で存在、生起しているのだ。

ロマンロマン。

参考文献
開封市延慶観繁塔文物管理所 n.d.「単位簡介」『開封市延慶観繁塔文物管理所』(開封市延慶観繁塔文物管理所公式サイト)
http://www.kfwgs.net/index.aspx?lanmuid=62&sublanmuid=564
李萌2015「黄信陽:恢復道教宮観的宗教功能 難点在哪」(道学資訊騰訊道学2015-03-13 17:02)
http://rufodao.qq.com/a/20150313/051135.htm
汪平 尚昆侖 2010「河南開封市延慶観主体建築玉皇閣頂升工程基本完成」『新華網』2010年07月23日 13:45:00
http://www.fjnet.com/gdb/201007/t20100723_163718.htm

*延慶観
道教 全真派
中国河南省開封市鼓楼区観前街53号(開封府西北側)
(0371)3931800
(バス1路、9路 、16路、16路区间、20路、23路、32路、旅游専綫一号綫「延慶観」下車。)
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