2020年03月01日

玄妙観

昔は「カイガイシュッチョー」というのは一部の人たちのものだったのだろう。今は国境など関係なく、色んな人が頻繁に往来する。「ぐろーばりぜーしょん」というやつか。

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私も2019年に6回中国出張した。出張で空き時間があるとお寺に行く。

蘇州に行った時も空き時間が出来たので、久しぶりに玄妙観に行ってみた。

道教正一派の大寺院である。西晋の3世紀の創建というから相当に古い。

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私が最初に行ったのは1992年で、そのころは門前も静かな感じだった。だんだん商業施設が増え、それなりの繁華街になった。

92年当時から最寄りのバス停は「観前街」という名前だったことを覚えている。「観前」という名前は宋代からあったらしい。昔から寺を中心とした門前の賑わいがあったのが、文革で宗教活動が停止し、改革開放以降に周囲も含めて復興していった様子を見ていたわけだ。

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日本でいう「門前町」という感じでもないのだが、確かに高いビルなどはなく、比較的色使いも統一されている。大手外食チェーンなどもあるが、まあまあ寺院に合った景観を考えているようである。「ぐろーばりぜーしょん」というやつか。

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お寺自体も商売をするようになった。2012年に行った時、拝観時間を過ぎても、門前で玄妙観が経営する金細工屋さんは開いていた。中は当然黄金一色。売る人も買う人も非常に熱心。ネックレスやらブレスレットやらだが、すべて道士が「開光」したものだという(日本風に言えば「お性根」が入っている、という感じか)。

共産党は国内の宗教団体に「以寺養寺」を勧めている。もともとは農地経営やお布施のような「搾取」なしに自活させるという「社会主義的」な意図だったのだろうが、お寺がこうまで金もうけに走るようになっては、むしろ「社会主義市場経済」にマッチしているものに見える。

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お寺の建物に入っている色んな土産物屋さんの類も、お寺がテナントとして貸しているものだろう。石造りのシックな寺院建築に白人風のマネキンが何ともミスマッチで楽しい。

大手外食チェーンなどは寺院に合った景観を考えているようであるが、あんまり景観なんか考えない方が中国らしくていいと思うのは私だけだろうか。

「ぐろーばりぜーしょん」は色んなものを行き来させる。私ですら「カイガイシュッチョー」するようになった。2019年は6回中国に行ったが、2020年は行けるかな。

★玄妙観
道教 正一派
中国江蘇省蘇州市平江区観前街94号
(バス1、102、146、178、202、502「観前街」下車すぐ。地下鉄4号線「監察院」下車、歩行街を東進。)
管理人の訪問日:1992年某月某日、2012年7月12日、2019年9月19日
ラベル:道教 江蘇 中国
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2016年11月27日

歴山院(済南千仏山)

済南千仏山の歴山院は、基本的には舜を祀る所らしいのだが、財神だとか碧霞元君だとか、他の神様も祀っている。

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匠の祖と言われる魯班像の前で、「魯班は金を稼がない」と捨て台詞を吐いて行った観光客がいた。

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神様も確かにご利益によって人気の差が出ている。街が財神で溢れ返る訳だ。

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*歴山院(済南千仏山)
道教
中国済南市歴下区経十一路18号千仏山風景名勝区内
0531-82662340
(千仏山へ風景区へはバス64、152路「千仏山風景区」下車。歴山院は丘を上がった所で、興国禅寺の東側。)
管理人の訪問日:2016年8月14日
ラベル:中国 山東 道教
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2016年09月26日

督城隍廟址

済南の旧市街で「社会主義好、毛主席万歳」と書かれた白壁を見る。これは「ネタ」である。横に「串」と書かれた旗が見えるので串を売る店だ。レトロを演出するために文革期のデザインや毛沢東を持ち出すのは、田子坊などでも見たし観光地ではおなじみの風景である。

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しかし「ガチ」もまだ残っている。

地図のその旧市街近くに「督城隍廟」という文字が見えたので、行ってみた時の話だ。「城隍廟」というからには、都市の守護神「城隍」を祀る廟所であるのだろうと思って行ってみたのである。

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行ってみると、確かに廟らしき建物はあったが、今は廟として機能していない。演出ではなく本気でレトロで、若干廃墟観が漂っている。いや、中に人が住んでいるらしかったから、廃墟といっては怒られるだろうが。

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映画「ドクトル・ジバゴ」で、革命後に主人公が自分の屋敷に戻ってみたら、共産党の管理下に置かれて何家族も一緒に住んでいた、というあれである。

かつてあったはずの神像も本殿も破壊されたようで、とにかく存在していないのである。「城隍廟」の額があったであろう所の左右に、毛沢東がどうのこうの、文革期のスローガンが大書されているのがうっすらと読める。

可もなく不可もない、ごく散文的な町の一角、、、

もっと文化財を大切にしろと言う人もいるらしいが、私はこれ自体はさほど悲惨な感じはしなかった。別にこの地に根強く残った城隍信仰が抑圧されているとか、そういう話ではないのだ。修復するということは壊して又観光地によくあるような新品の廟を建てるということだから、悪いけれどもこのままの方がむしろ古い物を見られるうれしさがある。ガチでレトロだ、わーい、という部外者。

ただそれでも、破壊の爪痕というのが現実のものとして残っていて、一方すぐ近くに毛沢東万歳を観光客向けのネタにした串屋があるということは、ひどく残酷なことだと思う。

だいぶ昔の話だが、故宮で土産物として買った毛沢東の肖像を寮の部屋にかけておいたら、チベットの人権擁護をやっている友人が見て、本気で嫌がっていたのを思い出す。

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もちろん私も含めて毛沢東グッズを売ったり買ったりする人が、今どき本当に毛沢東を崇拝しているわけではない。逆に「ネタ」だから売買が成立するのだ。しかしかつて「ガチ」だったことがある以上、ヒトラー崇拝に似た気持ち悪さを感じる人がいても当然だ。

何をどうしろとか、誰が悪いとか言ってもいいだろうし、むしろ言うべきなのだろうが、混乱してうまく言えない。ただ、今の中国には、いや現代社会にはというべきか、様々な傷跡があり、またそれが往々にして無理に乗り越えられたことにされているみたいだということは、よく覚えておこうと思う。

*督城隍廟址
道教
中国山東省済南市東華街5号
(バス118路,122路,14路,30路「大明湖東門」下車、県東巷という道を南下し、東華街という小さい道の所で東に入る。「大明湖街道弁事処」近く。)
管理人の訪問日:2016年8月14日
ラベル:中国 道教 山東
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