2016年08月06日

延慶観

開封の延慶観は道教の一派である全真教の創始者、王重陽(1113-1170)ゆかりの廟。伝統ある場所らしいのだが、何か重みは感じさせない。

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入場券を買って入ろうとすると、入口でガイドは要りますかと言われる。要らないと言ったが、入場券を買ったらただでガイドを付けることも出来るらしかった。

確かにこの廟の「玉皇閣」はなかなか珍しいゴージャスな建物で、ちょっと厚ぼったい宝物らしさを出していた。もとは元代に建てられたもので、モンゴル建築の影響があるとのこと(汪平 尚昆侖 2010)。

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王重陽の弟子として全真教を率いた丘処機(1148-1227)が、はるばる西域を旅してチンギス・ハンに会いに行ったという話を思い出す。受験勉強の時だったか、これを初めて知った時、漢民族の文化を代表する道教がモンゴルと邂逅するという話に雄大な歴史のロマンを感じたものだ。

一通り参観を終えて出ようとすると、「占いをしますから、これから道長のところへお連れします」と、ガイドが他の観光客を案内している声が聞こえてくる。「道長」は道教の僧である。観光地でよくあるパターンなら、占いをやって布施をいくらいくらと要求するのである。これがそうなのかどうかは分からないが、ガイドを断ってよかったと思った。

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帰国してだいぶたってから、たまたまこの延慶観のことをネットで見た。政治協商会議の委員をやっている中国道教協会の副会長がここを「宗教活動の場所」に戻すことを提案しているという記事だ(李萌2015)。これは2015年3月の話だったので、私が行った2014年3月の時点では「宗教活動の場所」ではなかったということになる。では、あの「道長が占いをやる」という言葉は何だったのか。

ちょっと調べてみたところでは、この廟は道教の廟だが宗教者が運営しているのではなく、2016年現在でも「開封市延慶観繁塔文物管理所」というところが管理しているらしい。「開封市延慶観繁塔文物管理所」は「開封市文物局」の下部機構なので(開封市延慶観繁塔文物管理所 n.d.)、政府機関ということになる。

長い伝統を持つ中国文化は、宗教教団とか、遊牧民族の長とか、共産党の指導者とか、実に色んな立場の人々の様々な関係性やダイナミズムの中で存在、生起しているのだ。

ロマンロマン。

参考文献
開封市延慶観繁塔文物管理所 n.d.「単位簡介」『開封市延慶観繁塔文物管理所』(開封市延慶観繁塔文物管理所公式サイト)
http://www.kfwgs.net/index.aspx?lanmuid=62&sublanmuid=564
李萌2015「黄信陽:恢復道教宮観的宗教功能 難点在哪」(道学資訊騰訊道学2015-03-13 17:02)
http://rufodao.qq.com/a/20150313/051135.htm
汪平 尚昆侖 2010「河南開封市延慶観主体建築玉皇閣頂升工程基本完成」『新華網』2010年07月23日 13:45:00
http://www.fjnet.com/gdb/201007/t20100723_163718.htm

*延慶観
道教 全真派
中国河南省開封市鼓楼区観前街53号(開封府西北側)
(0371)3931800
(バス1路、9路 、16路、16路区间、20路、23路、32路、旅游専綫一号綫「延慶観」下車。)
管理人の訪問日:2014年3月29日
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2016年07月19日

玉皇殿址(無錫)

無錫に「崇安寺」という場所があったので行ってみたら「崇安寺」という寺はなかった。ただ「崇安寺」という地名が残っていた。

「玉皇殿」という額を掲げた建物が一軒あった。昔は玉帝を祀っていたのだろうが、今は携帯電話の店になっている。

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もとは洞虚宮という巨大な道観があったが、1915年に取り壊されたようだ。玉皇殿もその一部だったらしい。

日本だと神社があった所を壊すとそこに怪異が起こる、というのが都市伝説の定番の一つだが、中国はそういうのが多すぎて呪われていたらきりがない。

*玉皇殿址(無錫)
道教
中国江蘇省無錫市南長区解放西路135-1号 中国移動玉皇殿指定専営店
(地下鉄1号線「三陽広場」下車すぐ)
管理人の訪問日:2013年9月20日
ラベル:中国 江蘇 道教
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2016年07月06日

閔行関帝廟

上海にいた当時は「長寧区」という所に住んでいた。「閔行区」は隣の区だったので、「閔行関帝廟」という廟があるというのを知り、又寓居のある婁山関路から74路のバス一本で行けると分かって、行ってみようと思った。

で、アパート近くのバス停で74路を待っていたのだが、バスの本数の少ないこと少ないこと。30分ほども待っただろうか。一旦バスが発車してからも、また時間のかかることかかること。なじみのある風景を通り過ぎ、大きな幹線道路をひたすら突っ走り、一時間ほどもかかったろうか。日もだいぶ傾きかけていた。

別段変わった場所ではない。普通に店があって、役所の建物があって、という所。しかし、ふだん自分がいる上海とは違った、どこか郊外の小さな町に来たような気がした。

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廟の門前では暇そうなおじさんたちが何かゲーム的なことをして遊んでいる。暇そうなおじさんたちは非常に気軽な格好をしていて、ゲームも又あまり気取ったものでもなさそうだった。かなりたくさんいた。

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門をくぐって中に入ると、ちょっと違う世界になっていた。すごく大きな建物に、すごく大きな関帝が祀られていた。来るまでに時間がかかったのと、暇そうなおじさんたちがたむろいていたのと、廟があんまり立派だったのとで、何かぼーっとしてしまった。

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で、関羽さん以外に色んな神様が祀られていた。

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ある一角には、服屋のショーウィンドーのような所にマネキンのような神々が綺麗な中国服を着て並んでいる。もとより、仏像は仏そのものではないし、イコンは聖母子そのものではない。聖なるものを象徴的に表現したものであり、ごく此岸的な約束事に過ぎない。しかし、マネキンを拝むというのは、他地域の宗教信者よりもより多くの想像力を要求されているのではないかと、何かとても不思議な思いにとらわれた。本当にこれが神像なんだろうか。前衛芸術なんじゃないだろうか。

マネキンの行列をぼーっと眺めていると、いきなりサングラスをかけた女神像が視界に飛び込んで来た。

サングラスの女神様?

私の中で何かがぷっつりと切れてしまった。

別に気を失って倒れた訳ではなかろうが、それからどうやって帰ったか、よく覚えていない。

考えてみれば、まさか道教の神像がサングラスをしているわけはない。上海市が認可し、正一派の教団に管理されているれっきとした道観である。夢うつつの中、どこかで自分の記憶を自分で改竄してしまったのか。神隠しにあったような、ちょっとしたトリップ体験であった。

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*閔行関帝廟(諸翟関帝廟)
道教 正一派
中国上海市閔行区華漕鎮諸翟紫苑路126号
021-62211166
(バス74路「諸翟」下車。紀翟路沿いに北西方向に進み、紫提路で左折、南西方向に進む。紫苑路との交差点を右折。居民委員会近く。)
管理人の訪問日:2013年9月14日
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