2014年08月05日

純陽宮(太原)

古社寺保存にとっての一番の大敵は「戦乱」である。私の故郷、関西に関していえば、相当の古刹でも戦国時代に焼け、今残っているものはそれ以降の建築、というパターンが多い。

中国の場合、少しく事情が異なる。1966年から77年まで「文化大革命」という政治闘争があって、中国全土、寺から教会からモスクから何から、宗教施設はすべて破壊を免れなかった。

それでも、石に刻まれたもの、金属で出来たものは比較的後世に残りやすい。

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山西省にはそういった古い仏像、神像が多く残されている。

仙人の呂純陽を祭る道観・「純陽宮」は、「山西省芸術博物館」となっているが、ここには古いものが展示されている。

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まず、中国の寺院の入口にたいてい鎮座している布袋様(弥勒菩薩)がここにもあって、来るものを睥睨している。まぶたが厚ぼったく、独特の雰囲気。今の中国でよく見るような、あからさまに悪辣なお顔はしておられない。

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木像もあった。関聖帝君、美髯公は、何とおヒゲがとれていた。(文革でひっぺがされた?)2011年に香港のドニー・イェンが演じた映画『関雲長』で関羽がヒゲなしになるシーンがあったのだが、いかに「禁じ手」だったのかが分かる。

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文昌帝君像も、なかなかいい味を出していた。色が剥げかけている感じがいい、というのは、中国にはあまりない趣味かもしれないが。

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明清の作品が多かったが、私が見た中で一番古かったのは、唐代の常陽天尊像。開元7(719)年の銘がある。中国の街中で、よくこんな古い物が残っていたと感心する。

この「純陽宮」はかつての道観で、今は博物館。信仰としては死んでしまったものの残骸を美術品として楽しんでいると思うと、少々うしろめたい気もする。

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ただ、ご本尊の呂純陽の前にはちゃんとお供えがしてあった。2011年の年号の入った「有求必応」の幕が奉納されているから、一応信心の場にもなっていることになる。

賽銭箱もあったけど、お賽銭は博物館がとるのだろうか。

*純陽宮(太原)
道教
中国山西省太原市起鳳街1号
0351-2029217
(バス3,4,102,615,815路「五一大楼」下車)
管理人の訪問日:2014年3月26日
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2014年08月02日

泰山石敢当(平遥)

日本で「石敢当」というと、沖縄のもの、というイメージが強いように思う。道路の突当りや橋・門などにつける魔除けである。表札様のものに「石敢当」と書いてある。

ルーツは福建である。

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アモイで見た観光客用のパフォーマンスで、この「石敢当」のゆるキャラが司会役をやっていた。福建文化をダンスで紹介するショーだったから、福建人もこの「石敢当」を自分たちの象徴みたいに思っているのかもしれない。

この「石敢当」のゆるキャラが羊の化け物みたいであまりにも不気味だったので、ショーが終わっても何となく気分が悪かった。爾来「石敢当」というとこれを思い出してしまい、あまりよい印象を持てなくなっていた。

「石敢当というと何となくいい印象がないんだよなー」という思いに悶々としていたある日、福建のはるか北の平遥古城でこの「石敢当」を目にした。

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「泰山石敢当」と書かれ、路地の石壁にぽつぽつと埋め込まれている。やはり魔除けの意味があるのだろう。

平遥古城の城隍廟にはこの「泰山石敢当」を神として祭った「石神殿」があり、「石敢当」の説明が書いてあった。曰くこの神は昔の猛将で、この人が関所を守れば誰も入ってこられなかった。それでこの名を石に刻むと、鬼がその地に侵入できないと信じられている。

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この「石神殿」には、ちゃんと人間の姿をした神像があった。目をひんむいて関所を守っている感じがよく分かる。真面目だ。

沖縄や福建では、「石敢当」をあまり人の姿にヴィジュアライズすることはないだろう。真面目に仕事をする猛将の姿を見て、何かすごく新鮮な感じがした。どうせキャラクター化するなら、こういう風にしろよ、と思う。

爾来、私はすっかり「石敢当」が気に入っている。

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*泰山石敢当(平遥)
道教
中国山西省晋中市平遥県
(鉄道「平遥」駅から徒歩)
管理人の訪問日:2014年3月27日
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2014年06月30日

三元宮坤道院

上海唯一の全真派坤道院(女性道士の道場)。道士さんは皆女性。信者さんもほとんどが年配の女性。にぎやかな音楽とともに儀式をやっていたが、最後は花火を上げだして、うるさいことこの上ない。おばちゃんパワーを感じさせるお寺だ。

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やはりここでも観音様はとても人気で、竜王とか三官とかポピュラーな神様を祭っていたが、治水に功績があり、殉職した松江知府の周中メ(18世紀)が本来この廟のご本尊だったらしい。

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活きていた人、何らか民衆に貢献した功労者(義民か清官か殉職者)を祭る、というパターンが、上海の道観には多いように感じられた。(あるいは上海に限らないのかもしれないが)

「活きていた人」の中で特にこの道観で印象的だったのが、「城隍神」として祭られていたアヘン戦争の英雄、陳化成(1776〜1842)である。通常は元末明初の秦伯裕という人が城隍神とされているので、珍しい。

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他、包公、関帝の像も見える。すっかり中国の神様の世界に定着した全国区の神様だが、彼らももとは活きていた人だ。

媽祖は例外としても、活きていた人で死後神様として祭られる人は圧倒的に男が多い。参拝に来ているおばちゃんたちはこのことをどう思っているのだろう。

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*三元宮坤道院
道教 全真派
上海市浦東新区花木鎮高科西路2119路
021―58813690
地下鉄7号線錦繍路(4号出口より高科西路を少し西に3分)
管理人の訪問日:2013年5月13日
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