2020年05月18日

飛行神社

去年まで時々出張に行かされた。中国や北海道に行く時は、宝塚の自宅から関空まで行って飛行機に乗る。大阪から関空まで乗るリムジンバスには、「飛行神社」の広告が出ていることが多かった。この飛行神社には行ったことがある。

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少し前、石清水八幡宮に行った日のこと。夕方近くになり、さて帰ろうかと駅の近くまで来ると、何やら「エジソン通り」という標識が目に入る。

エジソンが石清水の竹を使って電球を作ったのに由来しているのだろう。それにしても「エジソン」という名前には心を乱される。特別な思いがあるからだ。気が付くと、何となく「エジソン通り」を歩いていた。

エジソンが偉い人なのは常識だ。彼が子供の頃非常に変わっていて、小学校を退学になったのも有名だ。それで、「一見変わった人というのは実は天才かもしれない、個性というのは大切にされるべきだ」という話にエジソンが使われることは多い。私の小学校の時の校長先生も、確か朝礼でエジソンネタを使っていた。

又、「エジソン」と聞いて思い出すのが、前職の上司と交わした会話のことである。彼は筆者に対して、「君は天才肌だね」と言った。それに対して「天才じゃない天才肌ぐらい悲しいものはないですね」と返したところ、その上司も含めて周囲の人が実に楽しそうに大笑いしたのだ。

確かに「一見変わっているが実は天才」という人はいるのだろう。しかし、一見「変わっているが実はすごいかもしれない人」に見えるにもかかわらず、「ただコミュニケーションが下手で立ち振る舞いが奇妙、物事の様々な局面において不器用というだけで、知性的には凡庸極まりない人」というのは、「一見変わっているが実は天才」という人と比べ物にならない位数が多い。

そういう人にとっては、エジソンのエピソードなんて、残酷なだけではないのか。

「エジソン通り」に身を置いているのが辛くなり、右折して南下。しばらく行くと、瀟洒な洋館が見えてきた。

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「飛行神社」と書いてあるが、全然神社に見えない。

何だこれ?入口のところの由緒書を見る限りでは、1891年に飛翔実験に成功した二宮忠八なる人物が飛行殉難者のために建立した神社とある。京阪電車でもらった「八幡さんぽ」というパンフレットには「世界で初めて飛行原理を発見した」と書いてある。

持ち歩いている辞書によれば、二宮忠八(1866〜1936)は1890年代にゴム紐でプロペラを回す紙製模型飛行機を試作した人物。日清戦争に従軍中、飛行機研究の重要性を軍に具申したが却下、その後製薬会社を経営しながら飛行機の研究を続けたが、1903年にアメリカでの飛行成功を知って断念した、との由。

ははあ、、、さてはこいつ、エジソン、いやライト兄弟になり損なったご仁か、、、結局天才ではなく、二流の夢想家だろう。しめしめ、、、阿Qは中国人の専売特許ではない。劣等感から「精神的勝利法」の亡者になっていた私は、ふらふらと吸い寄せられるように飛行神社に入っていった。

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入ってみると、飛行機の部品がいっぱい展示してあった。「原理」や「実験」にとどまった二宮の無念の表れか。

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鳥居の奥にパルテノン神殿風の建築があり、神殿の中に普通の神社の祠が三つ並んでいる。

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祭神はニギハヤヒノミコト(饒速日命)、航空殉難者、薬祖神等。

ニギハヤヒは「天空神」で「古代の飛行神」として祀られている。天孫降臨に先立って天から降りてきて、在地豪族の妹と結婚したが、後にこの豪族を殺して神武天皇に帰順した。倫理的にどうかと思うが、天皇家的には善玉キャラである。この人が天から来たときに使ったとされる「天盤船(あまのいわふね)」を飛行機に見立てているのである。

飛行機の話と直接関係ないが、「薬祖神」を祀っているのも興味深い。二宮忠八は製薬の仕事をしていたから、この職能神を祀った訳だ。類例は他でも見られる。

http://gompa.seesaa.net/article/474292365.html
http://gompa.seesaa.net/article/405269919.html

つまり、「破れた夢」についてだけがテーマではない。実行した事業に関するテーマも入っているのだ。

洋館に神社というミスマッチがなんともおしゃれで、ただ建物として見ただけでも非常に立派である。

ここではたと気が付いた。ここまでのものを造れるぐらいだから、本業の製薬業でかなり成功した人なのだろう。お金がなかったら、リムジンバスに広告は出せない。

そもそも、あと一歩の所で飛行機の発明にこぎつけそうだった日本人、というのは当時のナショナリズムをくすぐったのではないだろうか。そして、本人もその物語を上手に利用したに相違ない。

二宮忠八は、確かにエジソンになり損ねたかもしれないし、天才というほどではなかったのかもしれない。しかし、コミュニケーションが下手で物事の様々な局面において不器用なタイプではない。それなりに時代の心をつかみ、如才なくたちふるまって富をなした人物と見える。天才肌のくせに天才じゃない悲しい奴とは違うのだ。

大金持ちの偽エジソンに精神的敗北を喫し、筆者はすごすごと宝塚へと帰って行った。

新型コロナウイルス感染拡大のため、今は外出自粛中。小人閑居して不善はなさないが、悶々と妄想する。去年まで時々飛行機に乗ったけど、今年はどうなるんだろう。そういえば、関空に行く時はよく飛行神社の広告を見たな、、、そしてエジソンと偽エジソンに思いを馳せる。

◎飛行神社
神道
〒614-8002 京都府八幡市八幡土井44
075-982-2329
(京阪本線「石清水八幡宮」下車、「エジソン通り」東進、つきあたりの南北の道を少し南進。)
管理人の訪問日:2018年10月27日
posted by HIRO at 17:38| Comment(0) | 神道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月17日

仙行寺

私が大学院生の頃、ある日蓮宗の僧侶の人に、日蓮の独自性は何かと尋ねたら、「さあ、強烈な折伏主義じゃないですかね」という答えが返ってきた。では、日蓮宗よりも、むしろ日蓮系新宗教の方が日蓮の精神を継承しているではないかと問うと、あっさり「そうですね」と言われた。率直でいい人だと思った。

この寺族出身の女性は、他の寺の僧侶と結婚するために僧侶の資格を取ったという。家族も含めた俗世のしがらみを断つという出家の本義から考えれば、釈迦の仏教と隔たること甚だしい。

ただ、色んな意味で失礼なのかもしれないけれど、こういう風に状況や事情に対応して色々と変化していくことに、むしろ宗教の面白さを感じてしまう。

女性に頼る面が大きくなってきているというのも、日蓮宗に限らず各教派共通の変化であろう。だから、女性に対する配慮は現代の宗教にとって最も重要なテーマの一つである。

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例えば、七福神は通常、「大黒天、毘沙門天、弁財天、福禄寿、寿老人、布袋和尚、エビス」となっているから、七人のうち女性は弁財天一人だけで、明らかにバランスが悪い。

その点、雑司が谷の日蓮宗寺院が中心にやっている「雑司が谷七福神」は寿老人の代わりに吉祥天を入れ、福禄寿を「華の福禄寿」という女神にしているので、弁財天と合わせて三人が女性になる。

仏教にとっては神祇信仰はあくまで方便であるから、結局あまりまじめに考えなくてもいいのだろう。とはいえ、性別まで変えるというのはなかなか大胆である。日蓮的な厳しさや頑なさよりは、もの分かりのよさや臨機応変性が顕著ではないか。

雑司が谷鬼子母神堂でこの七福神の案内を目にして興味を覚え、「華の福禄寿」を祀る仙行寺に行ってみた。

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行ってみたら、でかいビルだった。ビル型納骨堂である。いや、なかなかでかかった。外観はマンションのようだ。

そのビルの薄暗い一階の一角、ガラスケースの中に「華の福禄寿」が鎮座している。なかなか可愛らしいゆるキャラ的な女神像。結構子供受けするかもしれない。もともと爺さんを女性キャラにするという発想自体が、漫画やアニメのノリである。

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近くにシックな大仏も安置してあった。薄暗いビルの一室にぬぼーっと浮かび上がる感じは独特の凄みを感じさせる。

上の階には行かなかったけれど、老人が参拝しやすいような納骨場所が立ち並んでいるのだろう。

雑司が谷鬼子母神堂のあざといまでのレトロぶり、昭和臭さとは対照的。ただ、レトロ演出もビル型納骨堂も、二つながらに仏教寺院が一生懸命現代社会に対応していこうとする試行錯誤の一環なのに違いない。

すぐ近くには、教義的にもっと厳格で頑なさを売りにしている別宗派の法華系寺院があり、そういうコントラストも妙に面白かった。

各種各様、色々と企業努力している感じ。日蓮の独自性とは何かと問う一般人の気楽さとは比べ物にならない苦労があるのだろう。

外野で勝手に面白がっているのは失礼なのかもしれないけれど、、、

*仙行寺
仏教 日蓮宗
〒171-0022 東京都豊島区南池袋2丁目20−4
03-5928-3213
(東京メトロ有楽町線「東池袋駅」1番出口より徒歩4分。グリーン大通を池袋方向に進み、東池袋の交差点を超えてカフェ・ド・クリエで左折、直進してシアターグリーン通の所で右折、シアターグリーンの隣。)
管理人の訪問日:2019年1月18日
posted by HIRO at 09:32| Comment(0) | 仏教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月16日

雑司が谷鬼子母神堂

「オンライン飲み会」というのにさそってもらい、久しぶりに前職の人たちとお話をした。

その中に一人、入谷に引っ越したという人がいて、台東区のその近辺出身の人と話が盛り上がっていた。

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ああ!ボクも行ったことある!出張で東京に行ったついでに「いりやのきしもじん」に行ったよ!「おそれいりやのきしもじん」だよね!下町情緒があってすごくいい所だよね!

筆者は一人興奮して話に水を差し、少しく顰蹙を買った。「いりやのきしもじん」の素晴らしい下町情緒が私の脳内を駆け巡っていたのである。

筆者のせいですっかり白けてしまった飲み会が終わって、日記を改めて調べてみると、筆者が行ったのは「雑司が谷の鬼子母神」で、「入谷の鬼子母神」ではなかったことが確認された。「雑司が谷の鬼子母神」を「入谷の鬼子母神」だと勘違いし、自分の頭の中の映像をずっと「入谷」だと思いこんで一人喜んでいたわけだ。「恐れ入谷の鬼子母神(初出1812年)」という駄洒落のインパクト、及び加齢による脳の衰えというのは実に恐ろしいものであるなあと恐れ入る。

ただ、この鬼子母神堂に行った時の下町情緒の脳内映像というのは本当に私の宝物で、夢のような非日常的体験であった。

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まず、ここまで行った時の都電が何とも牧歌的だった。庚申塚から鬼子母神前まで乗る。日記では、この時点まで入谷だと思いこんでいたことが書かれている。都電の駅名が「雑司が谷鬼子母神堂」ではなくただ「鬼子母神前」だったから。

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駅から少し歩くと、ケヤキ並木の門前。神社の杜のようなものが見えてくる。杜のようになっているし、玉垣があるので、神社のよう。門前の仁王像で仏寺と分かるが、この仁王像がむき出しというのは少し珍しい。

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そもそも神社を意識して造られたのだろう。本殿は「権現造」だから、神仏習合の神社社殿の建築様式である。

ここは日蓮宗の法明寺の飛び地境内の堂。能勢の妙見堂が真如寺の飛び地境内の堂であるのと同じ関係である。寺本体よりも、神祇信仰の堂の方が有名になっている辺りも。

これが神仏習合的な民間信仰の雰囲気を醸し出す。

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本尊の鬼子母神以外にも、稲荷、不動、などの庶民信仰のスターの堂宇が散在し、本殿裏に日蓮宗らしく妙見大菩薩が祀られているのは北摂出身者としてはうれしいところ。大黒堂の建物が団子屋を兼ねているのも面白い。

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境内のメインストリート沿いに大きめの売店があり、下町風の駄菓子を扱っていた。

このあざといまでの、わざとらしいまでのレトロ演出。昭和を知る人間としては何とも懐かしい、素敵な光景であるのは間違いない。

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この下町情緒の脳内映像というのは本当に私の宝物で、夢のような非日常的体験であった。じゃあ、名前ぐらいちゃんと覚えとけよという話であるが、、、

日記に「次は入谷だ」と書かれている。入谷の方にも行きたいが、不要不急の外出は自粛中。次に東京に行くのは何時になるのだろうか。

*雑司が谷鬼子母神堂(法明寺)
仏教 日蓮宗
〒171-0032 東京都豊島区雑司が谷3丁目15−20
03-3982-8347
(都電荒川線(三ノ輪・早稲田間)「鬼子母神前」下車。北側に降り、ケヤキ並木を進む。)
管理人の訪問日:2019年1月18日
posted by HIRO at 12:59| Comment(0) | 仏教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする